躊躇いと戸惑いの中で
しばらくすると、深呼吸でもするみたいに河野が息を漏らしたあと話し始める。
「あいつ」
やっと口を開いたかと思えば、そんな一言。
何が言いたいんだか。
「あいつ?」
「乾だよ」
「ああ。うん。乾君が何?」
「何話してたんだ?」
「何って、別に」
「スゲー距離が近かったじゃん。内緒話かよ」
「え? そうだったっけ? ああ、膝の傷見て、送っていこうかって言ってくれたの」
「で?」
「で? って。河野が送ってくれるっていう話をしていただけ」
立て続けの質問は、まるで取調べみたいな雰囲気で感じが悪い。
「てか、何、これ? 尋問?」
あれこれと探られるように訊かれるのは、あまり気分がいいものじゃない。
「あのさー。そういう聞き込みめいた事は、彼女でも作ってやってくださいね」
呆れて溜息を漏らしたところで、自宅マンション前に到着した。
河野とはよく飲みに行く間柄だから、お互いに飲み過ぎた時には、よく送ったり送られたりしているので、お互いの家はよく知っている。
おかげで黙っていて何の説明がなくても、ちゃんと家の前には着くんだ。
ある意味ありがたい。
「送ってくれてありがと。美味しいお弁当でも買って帰ってくださいませ」
変な事情聴取めいた探りに、私はすっかり気分を悪くしていて、送ってくれた相手にかなり嫌味っぽいセリフを吐いてしまう。