躊躇いと戸惑いの中で
「俺が、お前と結婚してやるよ」
「……何を突然」
あんまり真顔で言うものだから、冗談だと解っていても、顔が引き攣ってしまう。
こんな河野の顔を見たのは、初めてだった。
いつもおちゃらけてて、私のことをからかって馬鹿にしてばかり。
当たり前だけれど、真面目なのは仕事に集中している時ぐらい。
それ以外で真剣な顔なんて、見たことなどなかった。
だから、これもきっと冗談に違いない。
真面目な顔で私にプロポーズまがいのことをして、それを真剣に捉えたたところで、冗談だ。と笑い飛ばすんだろう。
からかうにも、限度がある。
結婚について、こっちは意外と真面目に考えているんだ。
両親からだって、仕事なんか辞めてさっさとお見合いでもして納まるところへ納まりなさい。とせっつかれてるんだから。
それを、アルコールも入っていないこんな場所で、真剣な顔をして言うことないのに。
河野を睨みつけるようにして唇を引き結んでいると、掴んでいた手をぐっと自分の方へ引き寄せられた。
「ちょっ……」
驚いている間に、私の体を河野が抱きしめてきた。
「なに、……してんのよ。もう、冗談は、顔だけにしてって言ってるじゃない」
河野とこんな風な状況になるなんて、一度も想像したことのなかった私は、戸惑いというよりもパニックになっていた。
三十にもなれば、ちょっとした男女のトラブルくらいなら、ひらりとかわすくらいの余裕はあるはずなんだ。
なのに、相手が相手だけに、驚きすぎて対処のしようがない。
だって、長年腐れ縁のように冗談を言い合っていた相手から、今更男と女のような行動を取られても、頭も心もうまく廻らない。