躊躇いと戸惑いの中で
フロアの入り口から顔を覗かせ、中に河野の姿がなくてほっと息をつく。
まだ倉庫に居るのか。
それとも、新店で作業をしているのか。
なんにしても、河野の姿がないおかげで心の準備ができるというもの。
しかし、心の準備なんて生ぬるい感情に振り回されている場合じゃなかった。
机に着くなりやる事は山積みだった。
既存の店舗からは電話がどんどんかかってくるし、新店関係のことでも書類や連絡が山ほど。
河野に会ったら、なんて私生活のことに動揺している暇がないことを思い知らされる。
バタバタと作業に没頭していると、気がつけば河野に会わないままお昼休みになっていた。
「ヤバイ。さっさと食事摂らないと、食べてる暇がなくなりそう」
ランチを逃しそうだと、腕時計を睨んだあと、財布片手に玄関先へ向かった。
今日は、コンビニでサンドイッチでも買って自席で食べるか。
時間がもったいないとばかりに、急いでコンビニを目指していると、乾君が前を歩いているのが見えた。
「乾君」
そばに駆け寄って声をかけると、私に気づいて笑顔を見せる。
ああ、なんだか乾君の笑顔が、今はとっても爽やかで癒される。
これはもう、現実逃避かもしれない。
「乾君もこれからランチ?」
「あ、いえ。僕は今食べ終わったところなんですけど。梶原さんが、コンビニで何か買ってきてくれっていうのでお使いです」
そう言って乾君は、携帯の画面を見せる。
メッセージには、何でもいいから、腹の足しになるもの買って来て。と絵文字も何もない文章が書かれていた。
彼らしい。
「私も丁度、コンビニ」
財布を振ると、じゃあ一緒にと二人でコンビニを目指した。