躊躇いと戸惑いの中で
「昨日はー、そのぉ。うん。悪かったな」
河野が小さく頭を下げる。
「なんていうか。珍しく焦りを感じてな」
ぽりぽりと頬の辺りを人差し指でかいているのは、突然あんなことをしでかしてしまった照れ隠しなのか、頭の中を整理しようとしているのか。
なんにしても、少しは悪いと思っているようだ。
「何よ、焦りって……」
「うーん。まぁ、それはまた、追々」
「追々って何? 全然理解できないし、納得もできない」
「今は、理解しなくてもいいし、納得も必要ない」
「なにそれ。開き直り?」
河野からのわけのわからない説明に、私はイラッとしてくる。
「俺としたことが、ちょっと油断しすぎていたんだ」
「だから、全然意味不明だってば」
「そう怒るなって」
怒るでしょー、普通っ!
河野の意味不明な説明にもならない言葉に、私は膨れっ面を顔するばかりだ。
「とにかく。今まで通り、頼むよ」
「はぁ?」
呆れた声を出すと、河野は忙しそうに。
というか、実際新店オープン目の前で、かなり忙しいのは事実だけれど、じゃあな。と軽く手を上げて足早に去っていった。
「なんなのよ。まったく」
あんなことになってどうしよう。と身構えていた今朝の自分が可哀相過ぎて泣けてくるわ。
追々なんていってるけど、結局、魔が刺したってことなんでしょ。
魔が刺すなら、別の人相手にしてもらいたかったよ。
せっかく気の合う同士だと思っていたのに、これじゃあギクシャクしちゃうじゃない。
といっても、今の河野の態度を見れば、それも私次第というところのようだけれど。
自席に戻り、何処にもぶつけられない怒りを、買ったサンドイッチにぶつけるようにしてかぶり付く。
罪もないサンドイッチが、私に咀嚼され胃に収まっていった。
それにしても、キスしたのって何年ぶりだろう?
別れた彼と最後にしたのはいつだったっけ?
お互いに忙しすぎて数年前に別れた、元彼とした最後のキスをぼんやりと思い出してみると、かれこれ二年は経っていた。
それにしても、久しぶりにした相手が、河野というのがいただけない。
せっかくなら、もっとドキドキキュンキュンするような相手としたかったよ。
なんて、年甲斐もなく妄想を膨らませてしまう。
くだらない妄想にかられながらも、河野に無理やりされたキスを思い出せばあからさまに動揺してしまう自分は、まだまだ可愛いじゃないの、と自画自賛。
いかん、いかん。
こんなこと妄想している場合じゃない。
新店オープン目前。
やる事は山積みなんだから。