躊躇いと戸惑いの中で
「それにしても、よくできてるね。けど、無理だよ」
私は、溜息と共に、貼られているポスターに手を伸ばし剥がしにかかった。
「あのさ。あいつ、乾。配置転換しようかと思うんだ」
「まさか。これ見ただけで、POPに行かせるとか言わないでよ。本人店長志望でしょ?」
「そうなんだけど。こんだけいい能力持ってる奴、店長にしとくのは惜しいだろ」
「店長の能力の方が上かもしれないよ。もうしばらく様子みたら?」
入社して間もないっていうのに、配置転換なんて。
河野は、一体何を考えてるんだか。
思惑が読めなくて不審な目を向けていると、周囲を少しばかり気にして話し出す。
「そうもいってらんないんだ」
コソコソと、私の耳元に口を寄せる河野。
「ここだけの話、梶原が辞めるらしい」
「嘘っ!?」
思わず声が大きくなって、慌てて口を押さえる。
「マジで。IT関係の会社から、デザイン部署に誘われてるみたいなんだ」
余りの衝撃発言に、目を丸くしてしまう。
POPといえば、梶原君。
梶原君といえば、POPという具合に。
あの部署には、なくてはならない存在だというのに、辞める!?
それは、早急に乾君を欲しがるのも頷ける。
二人でコソコソと立ち話をしていると、手書きをした当の本人がやってきた。
「やっぱり。ダメですよね」
剥がされてしまったポスターに視線を送り、それを持つ私を見る。
その瞳が悲しげで、なんだかとっても悪いことをしている気分になってくるけれど、これも仕方のないこと。
「悪いわね。本社の意向に沿わないから」
「ですよね」
乾君は、とても残念そうな顔を一瞬だけ見せたけれど、そのあとには直ぐに気持ちを切り替えたようで店前の掃除をし始めた。
「悪いな、乾。恨むなら、剥がした碓氷を恨めよ」
河野は、まるで生贄でも捧げるように、乾君へ向かって私の背中を押し出した。
「ちょっと、ちょっとぉ」
背中を押す河野の手から逃れて、やめてよねぇ。なんて文句を言っていたら、そんな私たちを乾君が表情も動かさず、じっと見ていることに気がついた。
そうして、ひと言。
「仲がいいんですね」
乾君の言葉に二人で思わず顔を見合わせたあと、そんなわけナイナイと同時に首を振り、ソソクサとその店舗を後にした。