躊躇いと戸惑いの中で
一緒にPOPの後片付けを手伝って、私と乾君は駅を目指していた。
「終電には、余裕ね」
時間を確認して乾君を見ると、ですね。と控えめな返事をする。
相変わらず、若い割には落ち着いているというか、冷静というか。
喜怒哀楽の波が平坦なんだよね。
お腹抱えて涙流すくらい笑うことってあるのかな?
余計なお世話か。
「明後日オープンだけど。入ってすぐに新店に関っている気分は、どう?」
「ワクワクします」
表情には出ないけど、ちゃんとそういう感情は持っているんだね。
なんか、安心した。
「ワクワクかー。うん。いいね、そういう感情」
自分が初めて新店に関った時の、あのなんともいえない嬉しくてドキドキした頃のことを思い出す。
「元々、扱っている商品が好きでこの業界を選んだので、店長になるのがとりあえずの目標だったんですが。まさか、POPに入れるなんて思いませんでした」
「どういう意味?」
「本社っていうだけで、敷居が高いです。本社に行くためには、下積みじゃないですけど。やっぱり何年か店舗を経験しないと無理だと思っていたし。美大卒ってだけで絵を武器にPOPに入るのは無謀だと思っていましたから」
「じゃあ。店舗で何年か勉強して店長になったあとは、本社勤務を希望するつもりだったの?」
「はい。段階を踏んでいこうと考えていました。だから、得意分野に関係した仕事にこんなに早く直接関らせてもらって、感謝しています」
乾君は、本当に嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
河野は、私がフラペチーノを賄賂に釣ったなんて人聞きの悪いことを言っていたけれど、結局は本人のやりたかったことの最終目標だったわけね。
じゃあ、どうして誘われた時、直ぐに即答しなかったんだろう?
疑問が顔に出ていたのか、その質問に応えてくれた。