躊躇いと戸惑いの中で
私は、ひとつ息を吐き出し、気持ちを切り替える。
「よく、わからないな」
河野との今まで培ってきた間柄を細かく説明するのもなんだか面倒に感じて、元々の目的を思い出しコーヒーの粉を手にした。
それを機に、彼も壁につけられた鏡の前で頬についたインクと格闘し、よく見なくちゃわからないくらいまで落とすのに成功していた。
「どうですか?」
訊ねられ、そばに行って頬を見る。
「うん、大丈夫。家に戻ってお風呂に入れば、きっとすっかり落ちるよ」
私の返答に満足そうな顔をする乾君にもコーヒーを、と思いカップを二つ用意した。
「飲むでしょ」
そばに立つ彼に訊ねて振り返ると、その距離が余りに近くて驚いた。
シンクを背にして距離感に息を呑んでいると、乾君が僅かに近寄る。
「碓氷さん。僕、二人を見てるとたまらない気持ちになるんです」
どうやら、さっきの続きが始まってしまったらしい。
「河野と私。仕事、してないように見える?」
訊ねると、そうじゃないです。と首を振った。
「二人の間には何もないって、碓氷さんはいつも言うけど。河野さんと一緒にいる碓氷さんは、いつも楽しそうなんですよね」
そこで言葉を切り、彼はまた私との距離を一歩縮めた。
「河野さんとはなんでもないなんていいながら、二人はいつも一緒にいる」
「だから、それは」
「同僚で、相談相手」
わかってるんじゃない。
「けど、河野さんは、それだけじゃないって、僕わかったんです」
「どういうこと?」
私が首をかしげると、彼はまた一歩近づき、私の顔を覗き込むように見てきた。
「だから、僕もはっきりさせることにしました」
答えになっていない言葉を告げ、彼の顔がぐっと近くなる。