躊躇いと戸惑いの中で
河野に付き合い、近所の安くてボリュームのある食堂に入った。
「おばちゃん、カツ丼大盛りで」
「私は、焼き魚定食」
「あいよー」
元気な掛け声に顔を綻ばせ、お冷を口にする。
「新店、今のところは問題なし?」
「ああ。売上報告もいい感じだ」
「さすが、河野ね。狙い通りってとこ?」
「まーな」
時間をかけて駆けずり回った甲斐があると、ほくほくした顔を見せている。
少しして出てきたカツ丼を、河野は待っていましたとばかりにガツガツと胃袋に収めていった。
三十を過ぎて二十代の頃より食欲が落ちた、と前に言っていたけれど、今目の前の食べっぷりを見る限りでは本人の思い違いにしか感じられない。
胃袋は、まだまだ二十代でいけるよ。
満腹になり、出されたお茶を飲んで気持ちが落着いたのか、河野は眠そうな顔つきになっている。
「あんまり寝てないの?」
「ん? ああ、まあな。新店のこともあったけど、他にも色々考えることがあってな」
そう言った河野は、何故だか私のことをじっと見る。
なんだろう? と思いつつも、深く考えもせずに相槌のように、そうなんだ。なんて返事をすると、やれやれと溜息を吐かれてしまった。
首をかしげる私に、諦めたような苦笑いをこぼしている。
本社へ戻る道すがら、夜に予定はあるかと訊ねる河野。
残念ながら、仕事に明け暮れるだけの毎日で、楽しい予定のひとつもない。
「新店オープンの打ち上げでもすっか?」
ビールを飲むようなジェスチャー付で、飲みのお誘いだ。
思わず顔がほころぶというもの。
「いいねぇ」
新店作業に追われ続けて、しばらく楽しいお酒の席から離れていたものだから、私もノリノリになる。
「んじゃあ、いつもの店で」
よく飲みに行く店で待ち合わせの約束をし、河野は倉庫へ。
私は自分のデスクへと戻り、このあとに待つ楽しみなアルコールタイムに心を躍らせた。