躊躇いと戸惑いの中で
「何、考えてる?」
乾君のことに心をめぐらせていると、私の考えを読もうとでもしているみたいに、河野が目を覗き込んでいた。
「ううん。なんでもない」
「とにかく。俺の気持ちは、言ったとおりだから。そのつもりでいてほしい」
「……うん」
これって、プロポーズなんだよね。
どうしてかな。
なんか、うまく消化できないや。
河野が本気だっていうのはわかったけど、自分の中にあった結婚願望みたいなものがこの状況にほとんど反応してないんだよね。
なんでだろう、おかしいなぁ。
あんなに親からせっつかれたり、周りからいわれたりしてきて、結婚するなら早くしなくちゃなんて思っていたはずだったのに。
いざ目の前に突きつけられたら、他人事みたい。
自分の中にある結婚に対する気持ちがこんなに薄っぺらだったなんて、初めて気がついた。
「なんだ。イヤなら初めからいって貰っていいぞ」
「イヤとかそういうんじゃないんだよ。まだ、よく、解らない。想像できないっていうの? 河野と、そのー、そういう関係になっている絵っていうか……」
河野の気持ちを気遣って、なるべく嫌な気持ちになってほしくないと口にしてみたけれど、どうにもうまく言葉にならない。
「別に結婚したからって、何かが変わるわけじゃないよ。碓氷は今まで通り仕事を続ければいいし、子どもが早く欲しいならそれもいい」
子どもといわれて、つい夜のことを想像してしまう私ははしたないのか。
けど、河野とそんなことをしている自分は想像できない。
というか、しちゃいけない気が……。
「お前、今変なこと想像しただろ」
私の表情を読み取って、河野が面白そうに突っ込む。
ブンブンと首を横に振ると、挑むような顔をされた。
「何なら、今日試してもいいぞ。体の合う合わないも重要だろうしな」
「なっ!?」
思いっきり赤面して動揺する私を、河野が余裕の顔で見ている。
なんとも憎らしい。
「このまま俺のうちに来るか?」
「だ、だからっ!?」
クツクツと口元に拳をやり、河野が私をからかう。
「碓氷がどんな声出して、どんな顔すんのか楽しみだ」
「ちょっ、ふざけるのも大概にしてよっ」
動揺を隠すために、残ったビールを一気飲みしたらむせてしまった。
ケホケホと咳き込む私を、河野が冷静な顔をして眺めている。
「まー、試す試さないは置いておくとして。真剣に考えて欲しい」
河野がビールのジョッキを置いて、真面目な顔をして訴えかけてくる。
「焦らせて急がせるつもりはないし、少し時間をかけていくことにするさ。あ、なんなら、指輪。一緒にみに行くんでもいいぞ。実際に目にしたら、碓氷にも現実味が沸くかもしれないしな」
現実味か……。
なんにしても。
「もう少し、今までどおりじゃダメかな……?」
窺うように訊ねると、余り納得していない様子の河野が仕方なくというように、わかった、と口を閉ざした。
その後、いつもどおりの調子を取り戻し、私たちは終電ギリギリまで飲み明かして駅前で別れた。
酔った思考で電車に揺られながら頭に浮かぶのは、結婚を口にした河野の顔と、甘いキスをくれたた乾君の顔。
両方が何度も入れ替わり、急激に変わっていこうとしている日常に、私は少しの不安を感じていた。