躊躇いと戸惑いの中で
「梶原君が居なくなって、色々と大変でしょ」
「ええ、はい。POP作成はいいんですが、アルバイトを使うって、結構大変なんですね」
乾君は、自分とそれほど年の変わらない数名のアルバイトを纏めるのに苦労しているようだ。
「上司が変わると、変に反発する子もいるからね」
私の言葉に乾君が苦笑いをしている。
図星みたいだ。
給湯室に入り私がマグカップを洗っている間、乾君はポケットからスマホを取り出し操作していた。
そんな姿を視界の隅に捉えながら、以前ここでしたキスをぼんやりと思い出していた。
あれ以来、彼の方から特に何かあるわけでもないところを見れば、好きだなんていいながらも、結局は魔が刺したってことなんだろうな。
彼に恋愛云々を期待しているわけじゃないけれど、魔が刺したとはいえ私もまだまだ満更でもないってことよね。
三十女も捨てたものじゃないってことよ。
勝手にポジティブに捉え、洗ったマグを拭いて棚に収める。
「さて。帰りますか」
クルリと振り返るりと、乾君が頷く。
フロアに寄りバッグを手にしてそのまま玄関まで一緒に向かってから気がついたけれど、乾君を見れば手ぶらだった。
「鞄は?」
訊ねる私へ、ありません。と笑顔を向ける。
「店舗の時は、色々と書類を持ち歩かなきゃいけなかったけど。ここでは、特に何も必要なくて。今は、財布と携帯だけです」
男って身軽でいいよね。
私なんて、化粧ポーチやら手帳やらブラシやら。
なんだかんだと色々入っている。
「碓氷さん」
「ん?」
「食事、しましたか?」
「まだだけど」
「何か食べに行きませんか?」
「私と?」
「はい」
「いいけど。上司と一緒に食事しても楽しくないんじゃないの?」
上司というところを強調するように。
だけど、少しの笑いも混ぜて、重く嫌味にならないように返した。
「前にも言ったじゃないですか。僕に気を遣わないで下さい。僕は碓氷さんが好きなんですから。だから、一緒に食事もしたい」
「え……、あ。うん」
以前同様に、ストレートに言われすぎて、年上としてスマートに対処できない。
僅かな動揺を隠すようにして、何食べよっか。なんて笑って訊いたら。
「碓氷さんとなら、何でもいいです」
と満面の笑顔。
直球をどんどん投げ込まれて、受け取るだけで必死だ。
結局、そんなどストレートの発言ばかりする乾君を素面で相手する勇気もなく、居酒屋へと足を向けた。
アルコールに頼るなんて、私らしくないかな。