躊躇いと戸惑いの中で
POPフロアの先にある給湯室の方へ足を向け、奥に設置されている自販機の前で立ち止まる。
疲れているのかコーヒーの微糖を見ながらも、給湯室でちゃんとコーヒーを淹れて飲むかを悩んでいた。
「そんなもんじゃなくて、ビール飲みたくねぇか?」
財布片手に迷っている私へ、声をかけてきたのは河野だ。
「あ、お疲れ。奢ってくれるの?」
「俺と同じくらい稼いでる奴が言うセリフかよ」
「えぇー。同じなわけないじゃないのよー。絶対河野の方が貰ってるって」
「それこそ、えーっだ。何なら、お互いに給与の公表するか?」
「止めておく。無益な争いはしないたちなの」
「だな」
なんだかんだと言い合いながら、結局本社から離れた場所にある居酒屋へと、二人で立ち寄ることにした。
近いと他の社員に出くわして、つまらない詮索をされたりして気まずくなるからだ。
それに、河野と私は大切な仕事の話をすることも多いから、余計な邪魔が入るのは困るし。
部下が居ると、愚痴りたくても愚痴れない。
「ちょっと木下のところ、覗いてからでもいいか?」
「構わないけど」
先日手書きPOPを貼っていた木下店長のいる店舗に顔を出し、河野が指示を出しているのを少し離れて眺めていると、仕事上がりで私服へ着替えた乾君がバックヤードから現れた。
私がいるのに気がつくと、あ……。という、少し驚いた顔をする。
だから、そんなに驚かなくてもいいってば。
警戒心丸出しの彼の表情に、つい苦笑い。
そんな彼の警戒心を少しでも緩めてあげようと、フランクに話しかけてみる。
「今上がり?」
「はい」
「シフト通りに上がれなくて、大変でしょ」
「それは、初めから解っていたことですから」
「そっか。お疲れ様だね」
「碓氷さんこそ。今上がりですか?」
「うん。まーね」