躊躇いと戸惑いの中で
「確かに、大学卒業したばかりの僕に、結婚なんて考えられないことです」
ほらね。
ああ、驚いた。
なら、結婚しましょう。なんていわれても、今度はこっちが戸惑っちゃうもの。
乾君の年齢なら、まだまだ恋愛を楽しんだほうがいいよ。
結婚をチラつかせるような女を相手にするなんて、面倒なだけでしょ。
「だけど。僕の気持ちは、どうにもできないです。他の人を勧められても、碓氷さんを好きな気持ちは簡単には変えられません」
うん。
きたね、ストレート攻撃。
参ったなぁ。
何を言ってもかわされちゃうよ。
「ありがとね。けど、その気持ちだけで十分だから」
「じゃあ、碓氷さんは、結婚してくれるという相手が現れたら、直ぐにでも結婚しますか?」
「え? あ、いや。直ぐにどうこうというわけでは……」
思わず浮かんだ河野の顔。
念願だった結婚を申し込まれたというのに、私は待ったをかけた。
それを考えれば、とても矛盾しているのは判っている。
納得のいかない顔つきで、乾君はグラスに残っていたビールを煽った。
「僕は、ただ。碓氷さんの一番近くにいる存在になりたいんです。今はいつだって河野さんが傍にいる。だけど、僕は、河野さんといるよりも僕といるほうがずっといいって思ってもらえる自信があります」
うん。
出たね、根拠のない自信。
若さゆえの突っ走り系。
自分がまだ二十代前半なら、きっととても嬉しかっただろうけど。
三十女にそのセリフは、躊躇いのほうが先にたつ。
そもそもその自信は何処から来るのよ、と問い質したくなるのは年を重ねたせいか。
三十も過ぎると、明確な根拠が欲しくなるのよね。
「気持ちは、嬉しいけどね」
私が困った顔をすると、少し意識を削がれたのか、乾君が黙ってしまった。
その後、その話題については何一つ触れることなく、私たちはお腹を満たしアルコールに酔いしれた。