躊躇いと戸惑いの中で
「俺に嘘つく必要ないし。お前が俺に待ってて欲しいって思うって事は、何かしらの迷いがあるからだろ。その迷いを吹っ切るために出かけるんなら、俺はいちいち干渉しないよ」
河野は、どこかさっぱりとした表情で言い切った。
吹っ切るなんて、そんな中途半端な状況ではなくなっていたのだけれど。
今河野と真剣に向き合うには、心の準備がなさ過ぎる。
長い付き合いの河野とは、ちゃんと時間をかけて話し合いたい。
それにしても、望んでいた結婚を私にくれようとしてくれている河野眞人という人物は、なんて心の広い男なんだろう。
いつもどんと構えて後輩たちの面倒をよく見ているけれど、本当に器の大きい男なんだっていうのがよく解った。
「河野って、いい男なんだね」
「なんだよ、それ」
照れているのか、河野の口角が上がった。
「迷いがあるなら、早いところ吹っ切ってくれよ。いい男なんて持ち上げられても、いつまでそれを維持できるか、俺も判らないからな」
じゃあな。といつもの調子で手を上げ、河野が背を向けた。
その背中を見送るようにしていると、不意に足を止めてこちらをまた振り返る。
「なぁ、碓氷」
「ん?」
「一つだけ訊いていいか?」
「なに?」
「その食事の相手は、……乾か?」
僅かな躊躇いを含んでの質問に、私は数秒の間をおいて小さく頷いた。
そんな私を、河野の瞳が寂しそうに見ていた。