夫の顔
医務室からの紹介状を持って、心療内科へ。よくわからないが、投薬するらしい。診断書には『抑うつ症状により出社困難を認める』って書いてある。ああ、そう。もう明日から来ないんだ。誰か補充しないと。
「部長さん、彼、一人暮らしのようなので、ご実家に帰らせたほうがいいんですけどね」
「そうですか。わかりました。話してみます」
なんで私がここまで……もう十二時……仕事溜まってるのに、午前中何もできなかった。
「ねえ、ノジマくん。実家、どこだっけ?」
「岩手です」
「実家、帰る? 一人で家にいるより家族といるほうがいいでしょ?」
「はい……」
ノジマくんはずっとグズグズ泣いている。一人で岩手まで帰すのは無理よねえ……
「一人で帰れる?」
「……部長、一緒に来てください……」
はあ、やっぱりね。そうなるよね。
「いいよ。でも、今夜はちょっと予定があるのよ。明日まで、家に一人でいれる?」
「一人……一人が、寂しくて……」
もう、どうしよう……でも万が一ってこともあるし……ああ、タヤマくん。彼も一人暮らしよね。ちょっと聞いてみようかな。
「はい、タヤマです」
「ああ、私。今病院から帰るんだけどね。ちょっと……ノジマくん、休職するのよ」
「そうですか。人事部に伝えておきます」
まあ、それもそうなんだけどね。大丈夫? とかはないんだね、キミには。
「うん。それでね、明日から実家に帰るんだけど、今晩、タヤマくんの家に泊めてあげてくれない?」
「は? どうしてですか?」
「いや、あの……一人にするとね……その……」
「自殺ってことですか」
そんなズバっと言わないで。
「まあ、そうね。ね、お願い。今晩だけでいいから」
「わかりました。どうすればいいですか。病院に行けばいいですか?」
「うん。悪いんだけど、迎えに来てあげて。お昼から早退してくれていいから」
「仕事、たまってるんですよね」
私もたまってるし!
「ほんとごめん。頼れるの、タヤマくんしかいないのよ」
なんで私がここまで頭下げなきゃいけないのよ!
「部長がそこまでおっしゃるなら。一時間程で行きますので」
「ありがとう。やっぱりタヤマくんだわ。ほんと、頼りになる」

 病院の近くのファミレスでご飯を食べている間も、ノジマくんはずっとグズグズと泣いていた。周りのお客さんからチラチラ見られてる。私の天敵、ママ軍団! どうせオツボネのおばさんが、若い部下をいじめてるとか思ってんでしょ?
 うんざりしながらノートPCでメールをチェックしていると、駐車場にタヤマくんの車が入ってきた。ああ、やっと来た! こっちこっち! ガラス越しに手を振ってみると、タヤマくんが店に入ってきた。
「お待たせしました」
「ほんと、ごめんね。さ、ノジマくん。タヤマくんが来てくれたから。今日はタヤマくんの所に泊めてもらってね」
やっと解放される……と思ったら、ノジマくんがとんでもないことを言いだした。
「僕、部長と一緒にいたいです」
はあ? 何言ってるの? バカなの?
「えーと、ノジマくん? どうして?」
「部長のこと、好きなんです」
目眩がする。何言ってんの、この子。
「そう、でもね、私は結婚してるしね……」
私も何言ってんだろ。
「部長と一緒じゃないと、僕死にます!」
ちょっと……ちょっと待って……タヤマくん、何とか言って。って、笑ってんの? 必死で笑い隠してんじゃないわよ!
「部長、僕のこと、嫌いですか」
うん、どっちかっつうとね。嫌い。
「ノジマ、とりあえず俺の家に来いよ」
タヤマくん! ありがとう!
「部長、夜来てください。ノジマ、それでいいだろ?」
ノジマくんは半分納得したようで、うん、と頷き、またグズグズと泣き始めた。タヤマくんはノジマくんを車に乗せると、住所は後でメールします、と言って行ってしまった。そんな、勝手に……でも収集つけてくれたのよね。さすが、タヤマくん。頼りになる。
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