孤高の貴公子・最高責任者の裏切り

 今日の午前中は春野 春人(はるの はると)センター長の見舞いだ。大腸ポリープ摘出手術で2週間ほど入院しているらしいが、既に12日経過していて、明日退院らしいのでおそらくわりと元気だと思われる。出社するのはまだ2、3日先だが、手土産抱えて見舞いに行くのなら自宅より病院の方が良いはずだ。

 新都病院は店のすぐ近くであり、したがって自宅からも徒歩10分なので、運動がてら歩いて行くことにする。

 途中のスーパーでゼリーの詰め合わせを買い、受付で病室を聞いて、大部屋へ入った。

 一番隅の窓際が春野に与えられた狭い空間であった。

「あの……初めまして。こんにちは。あの、修理センター……」

「…………」

 春野は、大胆にもグラビアらしき雑誌を顔にかけたまま、いびきをかいて寝ていた。

 どうしようか、迷い、何気に後ろを見ると、

「春野さーん」

 と、まさにスーパーカップと称しても許されるほどのナースが現れた。

「はいはい、検温です」

 簡単にバサリと雑誌を顔から落とし、脇に体温計をつっこんでいく。

「あん? あー……」
 
 茶色の前髪がさらりと長い90年代のB,zを思わせる中年のイケメンな雰囲気だ。和久井とそれほど年が変わらないのかもしれない。

「昨日のいびきもすごかったみたいですねえ」

「ふあぁぁあ、あぁ…………。オッサン以外の5人全員寝てねーもん。慣れねーわぁ、人のいびきって」

「それももう今日で最後ですね……。あれ、お見舞いの方? 奥さんじゃあないですよね?」

 ナースは春野に横目で確認したが、

「えっ……」

 春野もこちらを見て、イキナリ背を浮かせた。

「えっ!?」

 何故か水色と白のストライプのパジャマの胸元や腹周辺を触り、「俺、なんかしたっけ?」とナースに問う。

「あの……」

 ナースも真剣そうに山瀬を見た。

「あ、ご挨拶が遅れてすみません! 私、リバティの者です。初めまして。あの、棟方サブマネージャーから、修理センター代理にとご指示を仰ぎまして……」

「あぁ……そう……」

 春野はそこでガクッっと肩を落とした。

「あー。なーんか、ヤな予感」

「…………」

 どんな予感か分からなかった山瀬はただ黙ったが、ナースは大袈裟に、

「イイ男こそ働いてなんぼじゃないですか!」

 と、バシッと背中を叩いてキビキビと退室した。

「って……。ああ、はじめまして。センター長の春野 春人です」

「はい。あの、こちらこそ初めまして。これ、先に。ゼリーですけど、良かったら」

「ああ、わざわざすみませんね。気を遣って頂いて」

「いえそんな、とんでもないです」

テンプレでもってやりとりを終えると春野は手持無沙汰そうに、

「あー……。もう帰る? それとも」

「いえ、少しお話がしたいです」

 山瀬は春野のぼんやりとした目を見て言った。

「あそう……じゃあ、ここどうぞ」

 差し出してくれた簡易椅子に腰かけた山瀬は、春野の言葉をしっかり受け止めようとメモを出す。

「……何メモる気?」

「あっ、えーっと、色々……」

「俺さあ、病人なんだけど」

「あっ……」

 完全に忘れていた。手土産を持って行きながらも、仕事の話をさせようとするなんて……。

 山瀬は1人落ち込み、

「すみません……」

 と項垂れた。
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