孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
「もちっとマシな奴だと思ってたけどなーお前は」
会議の直後、全員わらわらと退室していく中棟方マネージャーをそれとなく呼び止め、頼まれていた一枚のシフト表を手渡した。途端、ぴらっと捨てられた。
「どうした?」
話し声に気付いた須藤マネージャーが、わざわざ戸口からこちらに戻って来てしまう。
須藤は足元に落ちたシフトを拾い、しげしげと眺めた。
「それは、あの、修理センターのあの……」
「好きにさせておけばいい」
え、なんでそんな……。
須藤までが何故そのような態度に出て、そのシフト表もテーブルの上にさっと流すのか意味が分からなかったが、
「…………」
何をどう聞くべきなのかも分からない。
「それより、今月末の本社での会議だが」
「はい」
山瀬は素早く須藤に焦点を合わせる。
「秘書役として同行してもらう」
「…………」
へ? ひ!?!?
「須藤マネージャー、お言葉ですが……」
棟方が眉間に皴を寄せて、右手を挙げて割り入って来る。だが須藤は視線を動かせようともせず、
「決定事項だ。必要書類を準備しておくように。当日はここで待ち合わてから一緒に向かう」
「は、はい、かしこまりました」
その一言を聞いて、須藤はさっと前を向いて部屋を出た。
途端、棟方の存在も忘れて溜息が出る。……書類……秘書……同行……。
目を閉じて、額に手を当てた。色々やらなければならないことがあったような気がするが、一瞬でふっとんでしまった。
「山瀬」
呼ばれて初めて、存在を思い出す。
「あ、はい」
「須藤マネージャーのお前への入れ込み方はハンパじゃねえ。お前、それについて行けるか?」
口調はきつい。だけど、心配して聞いてくれているということが、ちゃんと分かる。
「須藤マネージャーは仕事にストイックだ。俺はサブマネージャーになって2年だが、その天才的な手腕とセンスやオーラはハンパない。その須藤マネージャーがお前を信じて、期待している」
「…………私を……」
言葉はそれしか出ない。
「けど、修理代理にサブマネ補佐、その上秘書もってなると仕事選んでしねぇと身体もたねーよ。精神的にも」
「…………」
他人の口から聞くと、とんでもない仕事量が実は肩に降りかかっていることを嫌でも認識させられる。
「明日から春野も出社だろ。長が来たんならそっちが少し楽になる。その間に秘書の方なんとかしとけ。教えてやっから」
棟方はぶっきらぼうにもアドバイスしながら胸ポケットに手をやり、煙草の箱を取り出した。
「はい……」
会議室は喫煙可のようで、棟方は誰に構うこともなく、100円ライターで火をつける。
「あの、今まで修理代理とかサブマネージャー補佐ってどなたかがしてたんですか? 秘書も……」
視線を外して言葉を待っていた。だけど、なかなか口を開かないので、あえて顔を見た。
棟方はぼんやり、どこか遠くを見たまま、煙草を煙を肺に送り込んでいる。
気になって、その視線の先を確認したが、何もない。
「……そういう事は、あんま気にすんな……」
ぼそっとそれだけ言うと、白煙を纏いさっと背を向けて部屋を出た。
後には、机の上に捨てられたシフト表と、後味の悪い山瀬だけが取り残されて。
シフト表を一体どうすれば良いのか、手に取りながら再び溜息をついた。