孤高の貴公子・最高責任者の裏切り

 須藤が運転する車に、想定外の和久井も乗せて走ること20分。

 帰りは代行で帰る須藤と、タクシーで帰る2人の岐路の丁度真ん中辺りという観点から決めた店は、須藤の風貌からはちょっと意外な小汚い焼き鳥屋だった。

 どちらかと言わなくても和久井の好きそうな店ではある。

 火鉢を真ん中に置いて、小さなテーブルを三方向から囲み、その周りはただのパーティションで区切られただけの畳の店は、それでも繁盛していて、席は1つしか空いていなかった。

「うまそうですね」

 その言葉通り、和久井は席に着くなり嬉しそうにメニューを広げた。

「味はいいよ」

 須藤も足を崩して、お手拭で丁寧に手を拭いている。

 画して、酒に強い男2人と普段ジュースのような酒しか飲んでいない女とでは、同じビールを飲み始めたとしても、たった30分で早くも差が出始めた。

 ぼんやりして焼ける肉を見つめる山瀬に対し、和久井は

「酔うた顔初めて見たかも」

 と笑う。

「ビール、酔うかも」

 疲れとすきっ腹のせいで、早くもごろんと横になった。

「まだ30分しか経ってへんで」

 和久井は笑いながら山瀬を見たが、山瀬はというと、自分の頭が須藤の膝近くにあり、髪の毛が触っていることなど全く気にも止められない早くも限界の状態だった。

「たまに三浦と飯に行くけど、いつもおらんしな」

 和久井は薄手の紺色のカジュアルシャツを脱ぎ、山瀬のスカートからのぞいている足にかけると、室温的にまだ寒いだろうが半袖のまま焼き鳥を手にとった。

「…………す……」

 須藤は山瀬が小さく発した言葉に反応して顔を覗き込んだが、それ以上声は聞こえない。

「本当に……ありがたい」

 代わりに、須藤はそう口にした。

「え?」

 山瀬の髪の毛を手に取り、自らの手の上をすべらせている須藤を見た和久井は、驚きのあまり口の動きを止めた。

 セクハラではないのかと、攻撃したくなるが、しばし様子を見て。

「自分でも無理をさせていると思う」

「…………」

 和久井は強い眼差しで須藤を睨んだが、その視線も空しいほどに無視をされた。

「だが、山瀬には無理をしなければならない理由がある」

「何ですか、それ?」

 数秒、沈黙になった。

「無理をせなあかんのは、山瀬だったんですか? 偶然山瀬だったんですか? そうか誰でも良かったんですか?」

「……山瀬だから無理をしなければいけなかったんじゃない。

 俺に選ばれたから、無理をせざるを得なくなったんだ」

「選んだって、いつですか? 向こうに居た時の事ですか?」

「そう。まだ地方にいた頃……。僕は山瀬を絶対にここまで昇らせると決めていた」

 相変わらず、見つめながら堂々と言い切る様は違う愛情でもあるのかと疑いたくなるほどで。

「ま、俺も前はサブマネージャーだったんで、山瀬は伸びるとは思ってましたけど」

「……」

 須藤はどこも見ずにビールを3センチほど飲む。

「いづれはサブマネージャーにするんですか?」

 和久井もぐびぐび飲みながら聞いた。

「全員合致だ。もう引っくり返ることはない」

「じゃあ補佐に誰かが上がるんですか?」

「……」

「そもそも、今なんで代理と補佐を兼ねてるんですか。 全然違う役職じゃないですか。修理の代理くらいなら、補佐を兼ねられるゆーことですか?」

「…………、」

 須藤は視線を山瀬に移し、更に頭を撫で一度顔を覗き込んでから言った。

「いたんだよ。前に。代理でありながら、補佐を望んだ奴が」

「前任が、いたんですか……」

 そこで山瀬は目をぱちりと見開き、頭を上げた。

「やっぱり起きてた」

 須藤は、乱れた髪の毛のままの山瀬を見据えて言った。

「誰なんですか、それ」 

 山瀬は須藤の言葉には返さず、ただ目を見て聞いた。

「誰だと思う?」

 須藤は逆に聞いた。が、

「私が知ってる人ってことですよね……。全然……、普通に考えたら長の春野さんが代理だったんだろうけど……」

「まあ、話は長くなる。聞いても他言しない自信があるのなら、そこで、座って聞けばいい」
< 17 / 24 >

この作品をシェア

pagetop