孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
3月

3/30 ルームシェアの部屋割りは特に重要

(3/30)
株式会社リバティ 新都(しんと)店 は家電からカップラーメンまで販売する大型総合量販店であり、モール並みの巨大さと集客力を図る開店3年目の人気店である。正社員を始め、派遣、各メーカーヘルパーなどそれらの集まりによって揃ったおよそ300名は、最高責任者である須藤 芳樹(すどう よしき)マネージャーの元、それぞれ歯車の一員となっていた。

その子会社から本部グループへの人事異動により、とある3人は地方から新都市へ上京することになる。

振興地として注目されている土地の一等地に店を構えているおかげで、店舗の近くである社宅の利便性は抜群だったのだが。

「普通あり得ないですよ」

 長身細身にイケメンという言葉がぴったりはまる三浦 智紀(みうら ともき)は、少し眉を顰めて言った。細いジーパンに白いカジュアルシャツがまるでモデルのようだが、当の本人は外見にそれほど興味は持っていないようである。

「独身だから問題ないって」

 2人よりも30センチほど背の低い山瀬 美月(やませ みづき)は、まっすぐ前を見たままセミロングの栗色の髪の毛を揺らして答えた。

「いやいやいや……それ、強く言った方が良かったですよ」

「仲良さそうだからいんじゃない?って」

 山瀬は半ばうんざりしながら言う。

「誰が?」

 三浦は綺麗な奥二重で睨んで聞いた。

「…………」

 山瀬は簡単に最年長である、和久井 秀祥(わくい しゅうぞう)を両手に手荷物を持ちながらも指差した。

「最初はまさか俺も人数に入ってると思わへんかてしゃーないわ」

 その、抑揚のない諦めきった声に山瀬は

「いや、最初から私と一緒にミーティングルームに居たじゃないですか!! 話聞いてたじゃないですか!!」

「だから最初は俺のことや思わへんかったんやて! 山瀬と三浦の話やと……思うやろ! 普通。あの時はまだ俺、結婚しててんやで?」

 和久井はセルフレームの黒縁メガネの奥で細いネコ目を山瀬に向けたが、三浦は怯まず

「僕と山瀬さんの話だと思って、仲良いから借家で2人で住んでもいんじゃないかって提案してくれたんですか……」

「わりと押してましたよ。独身だからいけるいける、みたいな」

「いや、俺は結婚してるから、まさかそんな中に入るとは思わへんし。あの時は離婚の話は誰も知らへん状態やったんやで!? そんなんでまさか女がいる所に同居なんか考えられんやろ!」
 
 和久井の力説を2人はそれとなく流し、

「逆に結婚してる人が1人居たらそうはならんだろう。3人用の借家が安かったしみたいな」

 山瀬は簡単に本社の読みを当てたが、三浦ときたら、

「世の中レイプ犯で溢れているというのにね」。

「三浦、そーゆー冗談やめて。女は本気にとるから」

 一応前サブマネージャーの和久井は怯えて、制するが、

「私はそうとりませんから、逆にそういうこと言うのやめてもえます?」

「話ややこしーな……」

 新都駅からだらだら喋り続け、ようやく借家のドアの前に着き、3人は押し黙る。

「まあ、店から徒歩1分なのが幸いですね」

 三浦は時間を計っていたのかどうなのか、スマホを見ながら言った。

「なんと、9時28分に家出ても遅刻にならない!! 完全なる1分前出社ができる!!」

 山瀬の喜びも束の間、

「せめて10分前に出てよ。10分」

 責任者の和久井は冷たい視線をよこした。

「物の例えです」

 和久井が鍵を開ける大きな手を見つめながら、山瀬は答える。

「よし……中はまあまあ綺麗ですね」

 玄関開けたらいきなりダイニングキッチンが丸見えのそこそこ古い建物なのに、三浦の中では想像よりは良かったのかそう述べた。

「それ、ベッドでも同じこと言ってんでしょ」

 山瀬は茶化して言う。

「(笑)、それ最低な奴じゃないですか」

「(笑)、君のこと、君、君」

「いやあ、僕はちゃんと褒めますよ、中も綺麗だって」

「(爆笑)なんか本当に、最悪な奴だね。今に始まったことじゃないけど」

「自分が言わせた癖に」

 2人は見つめ合いながら玄関に突っ立って談笑していたが、和久井はというと先に足を踏み入れ、

「さて、今から 荷物置いて、買い物いかんとなあ。冷蔵庫の中空やし」

 言いながら冷蔵庫のコンセントを差す和久井について、2人もキッチンに上り込んだ。

 その間に和久井は先に一階をぐるりと確認して階段を上がり、2人もそれに続いた。

「えって、これ。部屋違うくない? 2階が1部屋あって。下も1部屋……だったよね?」
 
 山瀬は三浦に確認したが、

「上、無駄に広わ。なんなんこれ?」

「男2人が上ですね」

 三浦が冷静に現実を見せる。

「まあ…………そうでしょうね……」

「カーテンつけますか?」

 三浦は和久井に聞いたが、

「いやあ……えー」

 和久井は納得いかないようだ。

「いいじゃん、そんなことしなくてもキングダブルでも買えば。丁度2人とも背高いから、無駄にならないし」

「いやいやいやいや……」

 山瀬の冗談に、和久井が真剣な声で全否定する。

「何でこんなおっさん2人が……(笑)」

 三浦は笑ったが、逆に和久井はムスッとしたことに山瀬は気づいたので、

「え、なんか和久井さんが上の権限で上司が1人部屋に決まってるだろ、みたいな雰囲気出してますけど」
 
 と補足した。

「俺は出してへんけど、2人で寝たいんなら寝たらええし」

「それはやめましょう。倫理的に」

 三浦が即拒否した。そして更に、

「やめといた方がいいですよ。襲う勇気はないですけど」。

「え、なんかそれって、逆に失礼じゃない? それなら、襲うかもしれないんでって、嘘ついてくんない?」

 山瀬は笑いながら三浦を見上げた。

「(笑)、すみません、気が遣えなくて。そうか。そういう時は襲うっていうスタンスの方がいいのか(笑)」

「どっちでもえーけど」

 中年の和久井は、もうその流れはいいらしい。

「じゃあ、じゃんけんとかどうですか?」

 三浦らしい公平な発言に、山瀬は乗ったが、

「いや、それなら上の部屋を仕切って下で山瀬が寝たらええ」

「あ、じゃあそういうことで」

 と、簡単に元の案に戻ってしまう。

「じゃ、とりあえず買い出し行きましょうよ。晩御飯、晩御飯」

「飯ってどうするんですか? 1人ずつ作るのもあれだし……」

「…………」

 三浦の問いに、全員が全員の顔を見合わせた。が、一番視線を感じた山瀬は、

「当番制とかはやめようよ。面倒だから。作りたい時に作りたい人が作りたい物を多めに作る」

「でもそれだと材料費の問題がありますよ」

「え、そんなの気にする?」

 O型のくせに細かい三浦が早くも家計簿をつけはじめる。

「1人分と3人分は結構違いますよ」

「あそう……」

「山瀬、料理得意やろ?」

 和久井は明らかに期待して声をかけたようだが、山瀬はばさりと

「夜はカップラーメンにしましょう。面倒だから」

「イキナリですか!?」

 何がイキナリなのか山瀬にはよく分からなかったが、三浦は酷く驚いた。

「いや、作りたい時もあるけどぉ。せっかくだから、作りたくない」

「どういうせっかくなんですか? 料理が得意なのを絶大に生かすチャンスじゃないですか!」

「じゃ何が食べたいの? 言ってみ? おっきい声で。ほら、早く」

 山瀬の質問責めに三浦は喜んだが、

「カレー」

 和久井は何の遠慮もなく、注文を下した。

「(笑)言った、言った」

 三浦はこの上なく嬉しそうである。

「カレーなら作ってもいいですけど。それに、明日のお昼にも持って行けますしね」

 山瀬は素早く明日出勤時のお弁当の算段も始めた。

「あ、それやったら俺も」

「どうやって? 上の段飯、下の段カレーですか?」

 三浦が聞いたが、

「じゃなくて、カレーは密封の容器に入れないとダメだから。お弁当箱というよりは、タッパーだよ」

「えー、なんか嫌だな」

「んじゃあ、普通のお弁当作ろうか? 朝ごはんの残りで良かったら」

「おっ! お願いします。さすが、デキる女子は違いますね」

「俺はカレーでええよ」

「はいはい。じゃあまず、お弁当箱買わないとダメですねー」
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