孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
確かに、その全てが整ったと言っても過言ではない外見は、周りの目を引く。茶色い髪の毛はサラサラで、スーツやバックも良い物だと一目で分かる。
「あっ、そ、そうですかね……」
集まっていた荷物を3分の1ほど段ボールに詰めただけだ。送り状がない物は明日手配しなければいけないし、専用用紙も在り処が分からない。
「じゃあ明日は8時に。来たら、本部で更新されているプライスやメール関係、全部出力、印刷しておいて。その後の指示はサブがやるから」
「あ……はい」
って私明日午後から出社なんですけど。
「ログインのパスワードは……」
「あ、はい」
山瀬はすぐにメモする。
「ういーっす」
そこへ、鳴丘が姿を見せた。こちらは対照的に、細身で背が高く、褐色のギャル男風だが、年はおそらく40を過ぎているはずだ。
「はいよ、ファイル」
「あ、ありがとうございます!!」
「相変わらずきたねーなぁ」
「片付いてないですよね……」
山瀬は、鳴丘の一言を真摯に受け止めた。
「床に線引いたら? こっからこっちはこう、みたいな。それだとだいぶ片付くよ」
こっから、こっちはどうすることにするのか、全く考えがまとまらず、
「それもいいかもしれませんね……」
と曖昧に返しておく。
「あ、あの、センター長のお見舞いに行きたいんですけど。その……」
なんとなく須藤と目を合わせづらい中、須藤に向けて質問したのだが、彼はただ室内を見回すだけで。
「え、あの人入院してんの?」
鳴丘は知らないようだ。
「あ、あの。須藤マネージャー」
そこで、名前を出すと、ようやくこちらを向いてくれた。
「ん?」
「あの、センター長のお見舞いに行きたいので、病院を教えてもらえませんか?」
「うん。まあ、いいと思うけど。新都病院だよ」
「あ、ありがとうございます。ハルさん……ですよね……須藤マネージャー」
どうやら名前を呼んだ時以外は質問に答えてくれないらしく、目も合わせてはもらえない。
「うん」
須藤は、一度目を瞬き、こちらをじっと見つめた。時が一瞬止まったのかと思えるほど長い時間見つめ合っていたような気がしたが、次に彼が口を開いた瞬間、その夢は終わった。
「山瀬、僕に質問する時は、きちんと内容を考えるように」
そう、ただの孤高な天使じゃない。
「あ、はい……申し訳ございません」
肝に銘じながら、謝罪をしておく。
「山瀬」
「はい」
それでもすぐに須藤は射抜くほどにこちらを見つめてから、口を開いた。
「おやすみ。鍵は必ずかけるように」
その目は冷たく、柔らかな言葉からは内心が全く想像できない。
「あ、はい……お、お疲れ様でした。申し訳ありませんでした」
山瀬は深い深いお辞儀をして、目の前から須藤がいなくなるまで待った。
いなくなった途端、ふーっと息を吐きだす。知らない間に息を止めていたようだ。
「じゃあ俺も帰るわ。お疲れ。そろそろ上がれよ。気をつけてな」
鳴丘も同じように帰っていく。あの……こんな新人に鍵まで預けて1人で店内に残らせて……大丈夫ですか?
♦
「遅かったなあ。自分、今日何時のシフトやたっん?」
さっそくテレビをつけ、テーブルの上で晩御飯の白ご飯と惣菜を食べ、ビールも500を2本飲んだらしき和久井は、座椅子に腰かけたまま、制服で帰宅したばかりの山瀬を見上げた。
「…………」
そういえば、何時上がりだったか見ていない。タイムレコーダーで打刻は一応したが、代理と長は残業代がつかないので、事実上、何時間でも残業がし放題だ。
「携帯に電話かけたんやけど繋がらんからどうしたんかと思てた」
「えっ、……」
自分の携帯のことを今になって思い出し、バックに入れっぱなしだったことに気付いた。本当だ。少し前に電話がかかってきている。
「どうやった? 修理の方は」
「……私、明日8時ですよ。鍵持ちなんで」
「え、何で鍵!? イキナリ!?」
「さっきマネージャーに鍵預けられて。8時までに鍵あけて、それからメールの出力です」
和久井は目を点にしたが、
「………サブマネージャーレベルやんけ、仕事内容が」
「ただの雑用ですよ。メールを印刷にかけることなんて……。三浦君は?」
「寝たよ。12時過ぎたから」
「ふーん、毎日早寝なんだ。というか、私も寝よ……」
その前にお腹空いてないけどご飯……と言いかけて、
「あっ!! 私、冷蔵庫にカレー置きっぱなしだ」
「何? 昼の弁当? 食うてへんの?」
「食べる時間はあるにはあったんですけど」
山瀬はようやく、和久井の隣に腰を下ろす。
「ビール飲む?」
「お茶でいいです」
「お茶なあ。葉ぁ買い忘れて水飲んでる」
「……こっち飲も」
水道水をそのままコップに注いでいる和久井をよそに、山瀬は仕事中に食品売り場で買ったペットボトルの水をそのまま一口飲んだ。
「修理センターは、なんか結構ぐちゃぐちゃで。片付いてないし。今日は掛け時計の電池替えて、作業室に新たに掛け時計をつけました」
「ええ仕事してるやん」
和久井は素直に評価しながら、茶碗に白ご飯をよそい、
「悪いなあ、オカズなんもないんや。ふりかけでもかける?」
「卵かけご飯でもいいですけど……」
「卵もこうてへんわ。マヨネーズならある」
「じゅあふりかけでいいです……ってしかも、ふりかけってしそ!?」
「しば漬け欲しかってんけど美味しいなさそうやったからゆかりでええかと思て。明日またこうてくるわ。何味好きなん?」
「……のりの佃煮とか? でも晩御飯……死活問題ですね。どうするか」
「当番制もシフトによっては大変になるし、できる時にできるだけゆーても、俺はまだしも三浦はなんもできひんから。最初はレシピ通りに作っても2、3回したらしーひんようなるわ」
「……私?」
山瀬はゆかりとご飯を混ぜながら俯いて聞いた。
「いや、まあ……できたら」
「やだ。それならもう白ご飯でいい」
「……なら、しゃーないけど」
和久井は明らかに大きな溜息をついて、テレビのリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変えた。
「結構お客さん来てるん?」
「作業が追い付かないほどに。受付自体は今の人数でさばけるんですが、作業をするところまでまわらなくて。ちなみに今日受けた受付分はそのままです。かろうじて一昨日と、昨日の半分ができたくらい」
「…………やばいな」
「そうなんです。だけど、みんな平気なんですよね。それで。残すのが当たり前になってるんですよ。でも、残業が良い事ともいえないし」
言いながら山瀬は、テーブルに頭をゴチンとつけて、項垂れた。
「食べたらはよ風呂入りや? はよ寝な明日早いんやろ? 俺は明日遅出やけど」
山瀬はすぐに顔を上げるなり答える。
「私も、シフト上そうですよ。………遅出です」
「あっ、そ、そうですかね……」
集まっていた荷物を3分の1ほど段ボールに詰めただけだ。送り状がない物は明日手配しなければいけないし、専用用紙も在り処が分からない。
「じゃあ明日は8時に。来たら、本部で更新されているプライスやメール関係、全部出力、印刷しておいて。その後の指示はサブがやるから」
「あ……はい」
って私明日午後から出社なんですけど。
「ログインのパスワードは……」
「あ、はい」
山瀬はすぐにメモする。
「ういーっす」
そこへ、鳴丘が姿を見せた。こちらは対照的に、細身で背が高く、褐色のギャル男風だが、年はおそらく40を過ぎているはずだ。
「はいよ、ファイル」
「あ、ありがとうございます!!」
「相変わらずきたねーなぁ」
「片付いてないですよね……」
山瀬は、鳴丘の一言を真摯に受け止めた。
「床に線引いたら? こっからこっちはこう、みたいな。それだとだいぶ片付くよ」
こっから、こっちはどうすることにするのか、全く考えがまとまらず、
「それもいいかもしれませんね……」
と曖昧に返しておく。
「あ、あの、センター長のお見舞いに行きたいんですけど。その……」
なんとなく須藤と目を合わせづらい中、須藤に向けて質問したのだが、彼はただ室内を見回すだけで。
「え、あの人入院してんの?」
鳴丘は知らないようだ。
「あ、あの。須藤マネージャー」
そこで、名前を出すと、ようやくこちらを向いてくれた。
「ん?」
「あの、センター長のお見舞いに行きたいので、病院を教えてもらえませんか?」
「うん。まあ、いいと思うけど。新都病院だよ」
「あ、ありがとうございます。ハルさん……ですよね……須藤マネージャー」
どうやら名前を呼んだ時以外は質問に答えてくれないらしく、目も合わせてはもらえない。
「うん」
須藤は、一度目を瞬き、こちらをじっと見つめた。時が一瞬止まったのかと思えるほど長い時間見つめ合っていたような気がしたが、次に彼が口を開いた瞬間、その夢は終わった。
「山瀬、僕に質問する時は、きちんと内容を考えるように」
そう、ただの孤高な天使じゃない。
「あ、はい……申し訳ございません」
肝に銘じながら、謝罪をしておく。
「山瀬」
「はい」
それでもすぐに須藤は射抜くほどにこちらを見つめてから、口を開いた。
「おやすみ。鍵は必ずかけるように」
その目は冷たく、柔らかな言葉からは内心が全く想像できない。
「あ、はい……お、お疲れ様でした。申し訳ありませんでした」
山瀬は深い深いお辞儀をして、目の前から須藤がいなくなるまで待った。
いなくなった途端、ふーっと息を吐きだす。知らない間に息を止めていたようだ。
「じゃあ俺も帰るわ。お疲れ。そろそろ上がれよ。気をつけてな」
鳴丘も同じように帰っていく。あの……こんな新人に鍵まで預けて1人で店内に残らせて……大丈夫ですか?
♦
「遅かったなあ。自分、今日何時のシフトやたっん?」
さっそくテレビをつけ、テーブルの上で晩御飯の白ご飯と惣菜を食べ、ビールも500を2本飲んだらしき和久井は、座椅子に腰かけたまま、制服で帰宅したばかりの山瀬を見上げた。
「…………」
そういえば、何時上がりだったか見ていない。タイムレコーダーで打刻は一応したが、代理と長は残業代がつかないので、事実上、何時間でも残業がし放題だ。
「携帯に電話かけたんやけど繋がらんからどうしたんかと思てた」
「えっ、……」
自分の携帯のことを今になって思い出し、バックに入れっぱなしだったことに気付いた。本当だ。少し前に電話がかかってきている。
「どうやった? 修理の方は」
「……私、明日8時ですよ。鍵持ちなんで」
「え、何で鍵!? イキナリ!?」
「さっきマネージャーに鍵預けられて。8時までに鍵あけて、それからメールの出力です」
和久井は目を点にしたが、
「………サブマネージャーレベルやんけ、仕事内容が」
「ただの雑用ですよ。メールを印刷にかけることなんて……。三浦君は?」
「寝たよ。12時過ぎたから」
「ふーん、毎日早寝なんだ。というか、私も寝よ……」
その前にお腹空いてないけどご飯……と言いかけて、
「あっ!! 私、冷蔵庫にカレー置きっぱなしだ」
「何? 昼の弁当? 食うてへんの?」
「食べる時間はあるにはあったんですけど」
山瀬はようやく、和久井の隣に腰を下ろす。
「ビール飲む?」
「お茶でいいです」
「お茶なあ。葉ぁ買い忘れて水飲んでる」
「……こっち飲も」
水道水をそのままコップに注いでいる和久井をよそに、山瀬は仕事中に食品売り場で買ったペットボトルの水をそのまま一口飲んだ。
「修理センターは、なんか結構ぐちゃぐちゃで。片付いてないし。今日は掛け時計の電池替えて、作業室に新たに掛け時計をつけました」
「ええ仕事してるやん」
和久井は素直に評価しながら、茶碗に白ご飯をよそい、
「悪いなあ、オカズなんもないんや。ふりかけでもかける?」
「卵かけご飯でもいいですけど……」
「卵もこうてへんわ。マヨネーズならある」
「じゅあふりかけでいいです……ってしかも、ふりかけってしそ!?」
「しば漬け欲しかってんけど美味しいなさそうやったからゆかりでええかと思て。明日またこうてくるわ。何味好きなん?」
「……のりの佃煮とか? でも晩御飯……死活問題ですね。どうするか」
「当番制もシフトによっては大変になるし、できる時にできるだけゆーても、俺はまだしも三浦はなんもできひんから。最初はレシピ通りに作っても2、3回したらしーひんようなるわ」
「……私?」
山瀬はゆかりとご飯を混ぜながら俯いて聞いた。
「いや、まあ……できたら」
「やだ。それならもう白ご飯でいい」
「……なら、しゃーないけど」
和久井は明らかに大きな溜息をついて、テレビのリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変えた。
「結構お客さん来てるん?」
「作業が追い付かないほどに。受付自体は今の人数でさばけるんですが、作業をするところまでまわらなくて。ちなみに今日受けた受付分はそのままです。かろうじて一昨日と、昨日の半分ができたくらい」
「…………やばいな」
「そうなんです。だけど、みんな平気なんですよね。それで。残すのが当たり前になってるんですよ。でも、残業が良い事ともいえないし」
言いながら山瀬は、テーブルに頭をゴチンとつけて、項垂れた。
「食べたらはよ風呂入りや? はよ寝な明日早いんやろ? 俺は明日遅出やけど」
山瀬はすぐに顔を上げるなり答える。
「私も、シフト上そうですよ。………遅出です」