孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
4/10 見舞い先でメモ
(4/10)
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「また仕事行くんかいな? 休んでへんのと違う?」
本日休日の和久井は定位置の座椅子でテレビのド真ん前を陣取り、ティシャツに短パンのパジャマ姿のままリモコンを我が物で握り締めている。
「……仕事があるうちが華なんですよ」
それに対して山瀬は、一日も欠かさず制服を見につけ、毎日毎日店に通い詰めていた。
須藤が和久井は春野とはコンビになれないと言った言葉にはどういう意味があったのかは山瀬には分からなかったが、それでも上に上がれるチャンスがあるというのなら、「仕事があるうちが華」という言葉はまさに今の山瀬にぴったりくる気がしていた。
「まあね、たいていの人間は外で仕事するか、家で家事するかのどちらかですよ」
和久井と同じく座椅子に腰かけ朝ごはんのトーストをかじっている三浦の一言に嫌味が混ざっていたわけではなかったが、山瀬はハッと気付いて
「あ、ごめん。洗濯ありがとう……」
いつも頼んでもいないのに畳んでくれている洗濯物のありがたさを今になって気付いたのであった。
申し訳なさから少し苦しい表情で言ったにも関わらず三浦は、ブッと吹き出して、横目で和久井を見た。
和久井は不自然な無表情でテレビに目をやっている。
「慣れましたよね。柄とか」
三浦が言わんとしていることが、山瀬には完全に伝わったが、伝わっていないと表情に出している和久井は
「え、何?」
と不自然に三浦の方に目を流している。
「上下揃えてほしいとか言ってたじゃないですか」
「ちょっ……最低!!!」
さすがにカチンときた山瀬は、和久井の方を向いて仁王立ちで見下した。
「そ……いや……冷静になってみいな! 俺、子供もおった既婚者やで? そんな今更女のパンツやなんやでどうこう思うかいな。そんなもん見慣れとるわ!」
「で、元奥さんは上下揃えてたんですか?」
さすが、三浦。
非常に面白い質問だったが、和久井はカチンときたのか、ムスッとして黙ってしまう。
しかし、結果的に山瀬が宙ぶらりんになり、事は丸く収まった。
「ごめん。でもありがとう。私何もしてないのに、いつも洗濯とかしてくれて助かる。しかもアイロンもあててくれてるじゃん」
「まあそれは、ついでですからね。自分のあてる」
三浦がなんともなさそうに野菜ジュースを飲む。
「休みの日くらい、家事しなきゃだけど」
「いいんじゃないですか。俺ら暇だし」
その『ら』の一員に数えられ和久井がピクリと動いたことに、山瀬は気付いて即フォローする。
「あの、和久井さんと三浦君だから洗濯物も預けられるしね。他の人だったら絶対嫌だったと思う」
「いやわりと……」
三浦は和久井をちらりと見た。
和久井もそれに反応し
「お前は、生地がくたびれてるから新しいのこうてやらな言うてたやろ」
「ちっ、それ言ってたの自分じゃないですか!! 見せる所がないからこうなるって、でも見せすぎてもこうなるとか人生とブラジャーの反比例の話を……」
「んなもん反比例なんか言うてへんわ!!」
「あっははははははは……反比例って何……」
山瀬は自分がネタにされているのにも関わらず、あまりにも可笑しくて笑った。
「あ、笑った。良かったですね。丸く収まって」
三浦は1人一息ついたが、山瀬は
「いやもう最悪よ。新しいブラジャー買いに行かなきゃ洗濯出せない」
「それでも自分で洗う気ないんだ」
丁寧にティッシュで口元のトーストのカスを拭く三浦を見て、山瀬は、
「君の1人エッチに使えるようなやつ、買ってくるわ、今度」
山瀬は堂々と言い切り、腕時計を見る。
「ああ、あんま下着には興味ないのが惜しいとこですね」
三浦はふふんと笑ったが、
「だからその一言いらなくない? 黙って興奮しますって言っときゃいいのよ、イケメン君は。じゃね、行ってきまーす……」