届かなくても、
その声に私はゆっくりと振り返る。




「蛍…」




こんな顔見られたくなかった。


でも、見られてしまったならしょうがない。


あえて平静を装う。


走ってきたのか珍しく息が上がっていた。


街灯が一本も立っていないここでは


彼の顔なんて全く見えない。




「話、あるから、ちゃんと、聞いて。」




ぜぇぜぇと肩で息をする彼が


なんだ、かっこいいじゃん


なんてそう思ってしまった。



私は頷く。



「俺、転校するんだ。」



「え…どこに?」



「熊本。」




せっかく止まった涙をぶり返してしまう。


そう思うくらい、鼻の奥がつんとなった。


泣いたら不審がられる。


出来るだけ気づかれないように


声色をいつものようにして話す。




「遠いね、すっごく。」



「そうなんだ。本当、嫌になるよ。」



彼はそれには気づかなかったのかそう返した。


やだな、もう終わっちゃうんだ。



恋って、甘そうなイメージなのに


本当は全然違う。


それは、両想いの時だけ。



片思いは、苦くて痛くて


涙がつきものなんだ。



苦しい。




ただ、何かに溺れる感覚が


私の心臓を圧迫した。
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