届かなくても、

今度は指摘されたことに気を付け、







僅かな隙間に教科書などを置いて身を隠した。






ひと段落して再びじっとしていると







教室の戸が開いた音がした。






ここからはほとんど見えない。






見つからないように身を縮める。







梶山くんかな…






しかし戸を開けたのは







今一番会いたくない奴の声であった。







「蛍くぅん、少し時間あるぅ?」






「ない」






爽快なくらいにばっさり切る彼。







すがすがしい!!







「じゃあ話だけ聞いてぇ?」







甘ったるくうざったい声が教室に響く。







彼はずん黙ったままであった。






それを肯定と受け取った仮面は話し出す。






「蛍くんはぁ、好きな人いるのぉ?」





「いない」





「嘘つかないで」







仮面の声のトーンが下がった。





今まで仮面から発せられた声の中で一番低い気がする。






「きーさんでしょ?」





「いない」





「嘘つかないで」






「いないって言ってんだろ。しつけーな」






彼の嫌そうな声が響く。仮面は構わず続けた。







「私知ってるんだよ?







朝練二人きりなのも、







自分の本をきーさんにだけ貸してるのも






蛍くんがきーさんのこと「うるせぇよ」







大して大きくもない、




けれど誰もが黙るような声で仮面を制した。






「朝練はたまたま二人しか来てないだけだ。






それときーさんは本愛好家だから







絶対に本を傷つけないからだよ」


「でもっ!!」





「それ以上深入りするなら





もう二度とあんたと喋らないから」









彼がそう言い放つと仮面は無言で去って行った。







気まずくどんよりとした沈黙が流れる。





そんな沈黙を破ったのは彼の方であった。







「ごめん。巻き込んで」






返答に困る。彼は何もしていないではないか。







黙っていると彼はぽつりぽつりと話し始めた。







「あの後もあの女、


しつこく付きまとってきてさ。



きーさん何もしてないのに色々言ってきて…




あんまりしつこいから


ついきつく言っちゃった」





「…そう」






虫の声のようにかすれた声だったが



彼の耳には届いていたようだ。






「うん。そうなの。ところでさ





きーさんさ、好きな人いる?」







「…なんで」






「別に。ただの世間話」







彼はそれだけ言い残すと、自分の楽器を奏で始めた。






彼の音はいつもより濁ったように聞こえた。
< 24 / 213 >

この作品をシェア

pagetop