届かなくても、
霊安室の前まで来ると彼は突然立ち止まった。




結構走ったので私は疲れて息が上がる。




彼は扉を開けようとしない。




扉の奥を見据えたようにみつめる。





彼は私の手首を握ったまま離さない。




ちょっと寂れた感じの残る扉が怖くて




彼の服を引っ張った。





戻ろう、戻ろう、と心の中で念じ続けた。






「この中に死体があるって実感ないよね」




「戻ろうよ、ねぇ」





「俺、正直言って怖いよ。





こういう風に誰も近くにいなくて





死んでくの。まだ、死にたくない」





「どうしちゃったの、記憶ないんでしょ」





「記憶あるに決まってんじゃん、



きーさんのことだから見抜いてんのかと思った。




普通さっきの会話で気づくでしょ」





握られたところがじーんと痺れてくる。




怖い。





どうしたの。






戻ろうよ。





ねぇ。






「…なんで嘘ついたのよ」




「詮索されたくなかったし、




気づかれないようにするため。





修也は勘いいから気づかせないようにしてたの」





「答えになってないよ」




「俺、落とされたよ。確かに。



きーさんだよ、麗亜のターゲット」





意味が分からない。





文脈がしっかりとしていない。





幽霊のせい?





怖い。





いつもの彼じゃない。






「意味わかんない。





分かるように言って」





「嫌だね。言ったらきーさん離れるから」




「今日の蛍、なんかおかしいよ。




戻ろう。ねぇ、怖いよ。」





彼は目を見開く。




体が寒さと怖さで震える。




彼は握りしめていた私の手首をゆっくり離した。




肩を掴まれる。






「なんで梶山と付き合ってんの」





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