義兄(あに)と悪魔と私
数時間後、カレーの香りに鼻をくすぐられて私は目を覚ました。
あの後、そのままリビングのソファで眠ってしまったらしい。少し怠さが残る身体を起こすと、キッチンに立つ母の姿が見えた。
「あら、起きたの? 珍しいわね、円がそんな所で寝るなんて」
物音に気づいた母は、包丁を持つ手を止めずに言った。
「ご飯はもう少し待ってね。今、サラダの準備してるから」
窓の外はもう暗い。時計に目をやると、午後八時を回っている。
「……お母さん、比呂くんは?」
「そろそろ部活が終わって帰ってくると思うわよ。いつもそうでしょ?」
「……そうだっけ」
母は寝ぼけてるのね、と言って笑った。
私は寝ぼけてなどいない。
母は私達が不倫相手と会う自分を見ていたなどとは、夢にも思っていないのだろう。