義兄(あに)と悪魔と私
五回目のコール、その直後。不意に音が途切れた。
《……もしもし?》
向こう側から聞こえたのは、母の声ではなかった。
低くてはっきりとした音の、男の声だ。
「どちら様……ですか」
無意識のうちに震える声を、絞り出すように言った。
母の浮気相手の声はこんな声だっただろうか。上手く思い出せない。
《……お母さんを探しているんだろう? 心配はいらないよ。今、僕と一緒にいる》
その穏やかなゆったりとした口調に、私は何故か薄気味悪いものを感じた。
「質問に答えて下さい。母と不倫してる人ですか」
《不倫? あっはっは……そうか。良子は結婚したんだったね。確かに不倫だな》
私の言葉を笑うように、男は声をあげた。
何が可笑しいのか、理解しかねる。まるで不倫の自覚がないかのようだ。