義兄(あに)と悪魔と私
黙って聞いていた比呂くんは、やがて口を開いた。
「礼を言われる筋合いはないよ。約束を守るのは人として当然のことだ。君はそれに見合う以上の犠牲を払ったのだから」
どこまでも真面目な比呂くんに、思わず笑みがこぼれる。
「比呂くんって、実は真面目だよね」
「何が……?」
「そういうの、気づいてないところだよ」
首を傾げる比呂くんを置いて、私は先に歩き出した。
そして、数歩歩いて立ち止まる。
「じゃあ、もう時間だから行くね」
一瞬、比呂くんの口が何かを言いたそうに動いた気がした。
(きっと、気のせい)
「また、木曜日に」
私は最後に言って、もう振り返らなかった。
だから、比呂くんがどんな顔をしていたかなんて知らない。
旅行は終わったのだ。
次に会うときは、今日の私はいない。