彼女の首筋にキスマーク。
「あっ、ねぇねぇ、その資料もう使わないの?」
声は私の頭を通り越し、その向こう側の相手に向けられている。
先輩が首に着けているネックレスが揺れた。
「はい、使われますか?」
「うん、私戻しておくから。サンキュ。」
どちらかというと低めの、膜に包まれたようにこもった声だ。
背中を向けているため、姿は見えない。だけど、ありがとうございます、という言葉だけで誰の声かということはすぐにわかる。
あの夜散々聞いた声だからだ。
誰にも気付かれないように小さくため息をつく。
いくつか言葉を交わし、二人は会話を終えたようだ。お疲れ様です、と言葉を残し彼は去っていく。
その瞬間、誰にもわからない角度で、右手の甲を指でなぞられた。
私はまた、唇を噛む。
「……ねぇ、駄目だって。」
「ここまで何も言わなかったのに、今更抵抗ですか。」
決して広いとは言えない、玄関を上がった廊下とも言えない場所で、私は彼に見下げられていた。
息があがってうまく話すことが出来ない私に対して、彼は全くと言っていいほど乱れていない。
その証拠に、彼はこんな会話をしている間も、私の髪を触って遊んでいる。