彼女の首筋にキスマーク。
何も言わなかった、ではない。言えなかったのだ。
ビルを出た途端、彼は私の手を取った。
それからしばらく歩いた。その間はお互い無言だった。
着いた場所はこぢんまりとした綺麗めのアパートで。直感で彼の家なのだとわかった。
一階の一番東側に位置するそのドアを開けると、彼は私を当たり前のように引き込もうとする。
それに一度だけ抵抗した。
だけどそんなものは何の意味もなかったようで、何故か彼は小さく笑うと、更に強い力で私の手を引いたのだった。
そして、あの息も出来ないようなキスを受けたのだった。
「わ、私、帰る。」
「どうしてですか。」
「……どうしてって、そんなの、私が聞きたい……。」
声が震えた。
情けない、と思う。三歳も下の後輩にこんな扱いを受けて。
きっと彼はちょっと味見が出来たらいい、くらいにしか思っていないだろう。
……だけど、私は。
私は、一週間前に別れた人をまだ引きずっている。こんな状態でそんな態度をとられたら、都合よく勘違いしてしまう。
もう傷つきたくないのだ。
結局、彼の手を振りほどいて、アパートを後にした。
一度だけ名前を呼ばれたが、振り向きはしなかった。
外は冷たい風が吹いていた。火照った体にそれは気持ちがよく、私は目を潤ませながら家までの道を歩いたのだった。