彼女の首筋にキスマーク。
デスクの上に置かれたコーヒーを見つめながら、あの夜のことを思い出していた。
普段この時間にカフェインを取ることはないが、今日はなんだか無性に熱いコーヒーを飲みたくなったのだ。
時計の針は九時を示そうとしている。自分しかいないオフィスは、相変わらず静かだ。
あの夜あのまま流されていたら、どうなっていたのだろう。
いや、もしかしたら、どうにもならなかったかもしれない。
あの夜はあの夜で、次の日からはいつも通り先輩と後輩の関係で。
……もしそうだとしたら私はあの手を振りほどいて正解だった。
そこまで考えて小さく苦笑いをした時だった。
「神崎さん。」
肩が震えた。
音もたてず開けられたドアのすぐ近くに、彼が立っている。
人は本当に驚いた時、声が出ないものだ。現に、私は今何も発することが出来ない。すると彼は数あるデスクの間を縫うように歩いてきた。
私はデスクの側に置いてある荷物を素早く手に取ると、腰を上げる。
デスクの上のコーヒーが目に入ったが、明日でいい、と自分に言い聞かせる。
「私帰るね。お疲れ様。」
「ちょっと待ってください。」
「……私急いでるから。」
「こんな時間までここにいたのに?」