彼女の首筋にキスマーク。


彼にこんな扱いを受けたこと?

だけど、私に泣く権利なんてあるのだろうか。

彼についていったのは、私だ。

彼の家に上がったのも私。

だったら、ここで泣くなんておかしいじゃいか。だって、ここで泣いたら彼が悪者みたいだ。

そもそも、三十歳前にしてキスをされたくらいで泣くなんて。

あぁ、もう。



「神崎さん、こっち見てください。」

「……嫌よ。」

もう涙を堪えるのも限界だ。

こんな顔、彼に見せるわけにはいかない、と意地になって顔を俯かせていると、突然私の両方の頬が包まれた。


「……じゃあ、嫌でもこっち向かせます。」

言葉とは裏腹に控えめな声でそう言うと、優しく、だけど強制的に顔を上げられる。

揺れる視界の中で、彼と目があった。


「泣かないでください。」

「泣いてない。」

むきになる私を見て、彼が小さく笑った。


「神崎さん、可愛い。」

「……やめてよ。」

もうなんなんだ。悲しい気持ちを通り越して、なんだか怒りに変わってきた。

彼の行動が読めなくて、それがもどかしい。


聞いてください、と前置きをして、彼は口を開いた。

「まず、俺は簡単な気持ちであなたを誘ったわけではありません。」

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