君影草~夜香花閑話~
 しばし驚いた表情で文を見ていた清五郎は、そのままゆっくりと、真砂に目を向けた。
 真砂は胡坐をかいたままだが、明らかに苛々と、何かを考えている。

 ちらりと清五郎は、まだ回廊にいる捨吉を見た。
 何かを待つように、捨吉は、じっと真砂を見ている。

 やがて、真砂が立ち上がった。
 そのまま大股に回廊に出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと待て。落ち着けよ」

 慌てて清五郎が、真砂の前に回り込んだ。
 が、真砂は清五郎を押しのけようとする。

「頼むから落ち着いてくれ! 真砂は頭領だ。頭冷やせよ」

 懸命に言う清五郎に、やっと真砂は動きを止めた。
 が、依然苛々したままだ。
 すぐにでも飛び出して行きたそうに、外を見ている。

 とりあえず、清五郎は捨吉と長老を残し、人払いをした。

「……真田家と片倉家の婚姻が整った? 真田家の、於市様……」

 文を読んだ長老が、ふむ、と頷いた。

「深成の本当の名は、於市でしたな。深成の婚儀ですか。なるほど、片倉家の小十郎殿といえば、確かに歳の頃も近い。良き相手かもしれませぬ」

 清五郎に説得されて、再び座ったものの、真砂はますます不機嫌そうに、握りしめた拳で床を叩いている。
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