君影草~夜香花閑話~
 深成は気配に敏感だった。
 常人は気づかなくても、深成は気付くだろう。

 この三年で鈍ったのだろうか、とも思ったが、即座に否定する。
 小さい頃から、あれほど鍛えられた感覚だ。
 そうそう簡単に鈍らない。

 となると、答えは一つだ。
 ここは囮。
 深成の部屋は、ここではない。

 真砂は大きく飛んで、築地塀に飛び乗った。
 月を振り返る。

 それから、再び屋敷に目を戻した。
 月を背にして、そこからよく見える部屋を探す。
 すると端のほうに、一つの小さな離れが浮かび上がった。

---あそこだ---

 特殊な造りでもなさそうなのに、不思議に屋敷の表からは見えにくい。
 見つけても、他のどの部屋よりも、何の気配もない。
 護衛の気配もないのだ。

 だが、だからといって本当に何もないわけではない。
 あそこに詰めているのは、それこそ生え抜きの十勇士だ。
 だから返って何の気配もしないのだ。

 強敵が守っている。
 真砂は気を詰めると、一気に離れ目指して築地塀を駆けた。

 最早普通の兵では防げない。
 繰り出される槍を難なく飛び越え、真砂は今の棟の端まで来た。

 が、そこで足が止まる。
 離れの築地塀の上に、す、と一人の青年が現れた。
 全く気配を感じなかった。
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