君影草~夜香花閑話~
---あの怪我に、特別な思い入れがあるんだ---

 あきは、そう思っている。
 そしてそれは、二日前の晩に捨吉に聞いた怪我の過程で確信した。

 この真砂が、腕を失ってまで助けた子。
 深成はそれほど、真砂の心に入り込んでいたのだ。

「真砂様。お怪我の具合はどうなんですの?」

 ぷぅ、と頬を膨らませた千代が言う。
 確か前にもそのようなことを真砂に聞いていたが、真砂は答えていなかった。
 結局あの後、教えて貰えなかったのだろうか、と思っていると、真砂が顔を背けたまま、ぽつりと言った。

「前も言っただろ。もう大丈夫だ。いつまでもそんなこと、聞くんじゃない」

「じゃあ真砂様。この任務を無事やり遂げたら、ご褒美をおねだりしてもよろしい?」

 ずい、とさらに身体を真砂に寄せて、千代が迫る。
 真砂は渋い顔をした。
 千代の言う『ご褒美』はわかっている。

「お前もな……。もうちょっと、物欲を示したらどうだ?」

「わたくし、欲しいものなんてありませんもの。強いて言うなら、真砂様そのもの、でしょうか」

 きっぱりと言う千代に、さすがに真砂も困った顔をした。
 あきは知らず、二人を凝視した。
 こんなにはっきりと、己の気持ちを相手に伝えることが出来るとは。

「それは無理だとわかっております。ですから、せめて任務を終えた後ぐらい、千代を慰めてくださいませ」

 真砂が口を開く前に言い、千代は遠慮がちに、真砂に寄り添う。
 ふぅ、と短く息をつくと、真砂は低く呟いた。

「……いいだろう」
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