君影草~夜香花閑話~
「殺せないから、女技を使ったんだろう。だがあんなところに入れられてまで酷使した身体だ。それで男を気絶させるほどの技となれば、相当無理をしたに違いない」

 早口で言いながら走っていた真砂が、はっと足を止めた。
 慌てて捨吉も止まり、その背に羽月がぶち当たる。

 驚いて真砂の視線の先を見ると、そこには一つの影。
 捨吉は息を呑んだ。

 乱れた着物で、回廊をふらふらと進んでいる影は千代だ。
 今にも崩れ落ちそうだが、その瞳だけはぎらぎらと、油断なく辺りを窺っている。

 真砂は辺りの空気を探った。
 そして、小さく口笛を吹く。
 聞き咎められても、風の音にしか聞こえない音だ。

 千代が、はっと振り向いた。
 もう一度、真砂が口笛を吹くと、千代は一度辺りを見回してから、真砂らのいる植え込みへと駆け寄ってきた。

「真砂様……っ」

 植え込みに飛び込むなり、千代は真砂に倒れ込む。
 いつも千代は、真砂に擦り寄っていくが、今は本当に立っているのも辛いようだ。
 闇の中でもわかるほど、顔色がなくなっている。
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