君影草~夜香花閑話~
「な、何をなさるおつもりです」

 少し怯えたように言った千代に、家老はずい、と身体を寄せた。

「そろそろこのような享楽も、慎まねばならない頃じゃ。大きなことが起こる故」

 いよいよ密書を以て、お家乗っ取りを実行しようというのだろう。
 だが、密書はすでに、ここにはない。

 心の中で、ふん、と笑い飛ばし、だが表情は怯えを浮かべたままで、千代は逃げるように腰を浮かせた。

「お前には楽しませて貰ったがな。まぁそろそろ頃合いだったということじゃ。折よく妹のほうも追い出したことだし、後はお前を始末すれば、全て元通り」

「ま、まぁ。そそ、それならわたくし、今すぐにでも出て行きます」

 身体は家老に向けたまま、千代はじりじりと庭に面した障子ににじり寄った。
 これで千代も追い出されたら、真砂の元へ戻れる。

 だが。
 家老は持った刀を、す、と構えた。

「後腐れなくしておかぬと、心配でな。わしは用心深いんじゃ。後々屋敷に乗り込んで来たりされても困るでの」

 確かに寝所の奥に塗籠を作るなど、まずいことは徹底して表に出さない性格のようだ。
 そういう部屋があったお蔭で、寝所から密書を盗み出すことが出来たわけだが。
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