君影草~夜香花閑話~
 屋敷まで戻りながら、真砂は辺りを見回した。
 少し離れたところに、松の木がある。
 あれの上からなら、少し遠いが屋敷の周りを窺える。

「羽月。お前はもう一度、屋敷の裏手を張れ。捨吉は表門。俺はあの木の上から、見える範囲で全体を見る。何か動きがあったら教えろ」

「わかりました」

 すぐに二人が別れる。
 真砂は道を離れ、地を蹴って松の木に飛び乗った。

 そのまま、するすると上へ登っていく。
 一番上の枝まで来ると、真砂は屋敷を見下ろした。

---確か、寝所はあの辺り……---

 かろうじて屋敷内が窺えるが、さほど高い木でもない。
 地面までは、とても見えないため、千代が乱した庭石に気付くこともない。
 だが。

---何か動きがあったようだな---

 空気が変わっている。
 まだ微妙に星の輝きが鈍くなってきた頃だ。
 人々が起き出すには、まだ間がある時刻である。

 しかし、僅かに人が動いている気配がする。
 真砂は神経を尖らせて、屋敷を睨んだ。
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