にじいろオフィスの仕事術
#1話目 鬼教官と赤いメモ帳
「もーなんなのあいつ!  やっていけないよぉ」



オフィス街にある小さな喫茶店。

昼時だというのに店内には客がひとり――…

おだんご頭で膨れっ面をしているOLだけである。



それを良いことに宮下 希美(みやした のぞみ)は、気兼ねなく店員を愚痴相手に捕まえて、午前中の出来事をあれやこれやと並べて不平不満をぶちまけていた。

至極迷惑そうに話を聞くのは“喫茶店ココロ”の店員で、希美の短大時代の友人でもある佐々木 栞奈(ささき かんな)である。

カウンター越しにこうして他愛のない話をするのは今日に限ったことではない。



「温室育ちに鞭を打つ上司……いまどき有り難いじゃん。だって仕事の愚痴なんて3年目にして初めてなんじゃない?  今まで希美から聞いたことないよ」

「そ、そんなこと……」



ないけどさ、という語尾は蚊の鳴くような音に消えた。



(それじゃまるで、私が今まで真剣に仕事してなかったみたいじゃないの)



心の中で言い訳してみるが、どうにも自信を持てないのは日ごろの行いによる。



「で?  今日は何があったの」

「聞いてくれる!?」



待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。

すかさずテーブルに出した『本日のランチ』を横にずらしながら、栞奈はため息をついた。



「……聞くまで帰らないでしょ、あんた。ならさっさと話しちゃいな」



ぞんざいな扱いもなんのその。

希美の心は荒れに荒れまくっていて、そんな些細な波など軽くスルーできるくらい気が立っていた。

理由はただひとつである。





橋爪 慎一(はしづめ しんいち)。





彼の出現によって、普段は自他ともに認める温厚でのんびり屋の希美のペースは、今や完璧に崩れ落ちてしまった。
< 1 / 17 >

この作品をシェア

pagetop