ダイヤモンドの未来
「仕事終わってる?」

「はい。」

「じゃあ、ちょっと待ってて。」



先生は、診察室を出て行ってしまった。
足音が遠ざかる。


結局また先生の前で泣いてしまった。

人前で泣くことは、基本的にはない。卒業式や映画やテレビで感動して泣いた覚えはあるけれど。

今まで、あの医者にされたことを話したのは、大学の時の親友と先生だけだ。親友は卒業と同時に実家に戻ってしまい、離れてしまった。クールな彼女は事実を淡々と受け止めてくれた。過剰に同情することもなく、私の話しを聞いてくれた。

事故のこともあり、私は基本的に笑顔でいるように心がけている。その親友が言っていた。
「香江は、ベースの顔が笑顔だよね」と。

診察室の先生の前でも、なんとか笑顔でいたかったのに、泣いてしまった。だけど、事実を知っている人の前で、受け止めてくれるであろう人の前で泣くのは、泣いているのに居心地がよすぎた。泣くことを許されると、笑えなくなりそうで、怖くなる。

そんなことを漠然と考えながら、泣いてしまったことで放心状態の私。

オペの本題はこれからなのに、
麻酔のことを聞かなくちゃと思い、
またちょっと緊張する。

でも、泣いたせいで、妙に気が抜けてしまっていた。

再び足音が近づいてきて、先生が入ってきた。

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