恋は盲目 Ⅲ 〜密やかな愛〜
美鈴side
重層の扉を開けるとそこにいる愛しい人
が、3年前と店内の雰囲気が変わったの
に、何も変わらない笑顔のまま出迎えた。
「いらっしゃいませ」
懐かしい声で、昨日のように3年前を思
い出してしまう。
彼と初めて会ったのは、就職活動をして
いる中ことごとく不採用の通知が来て落
ち込んでいた時に、たまたま立ち寄った
お店だった。
求人誌をテーブルの上に開き、ため息を
吐いていると何杯目かのホットコーヒー
を運んで来てくれたのが彼だった。
「お疲れのようなので、ウインナーコー
ヒーにしてみました。ホイップはサービ
スですので気にしないで召し上がってく
ださい」
驚き、彼を初めてまともに見た。
座っていてもわかるぐらいの背の高い男
が腰を屈め、微笑んだ。
その時に胸に走った衝動。
胸の高まりが止まらない。
営業スマイルだとわかっていても、整っ
た顔立ちで目尻がキリッとしているのに
笑った時にできる目尻のシワ。
笑みを浮かべる時に上がる口角。
一瞬にして微笑む笑顔に恋をした。
彼は、どんなに忙しくても笑みを絶やさ
ず、誰にでも丁寧に接客していて気配り
の出来る姿から目が離せなかった。
彼に会いたくて何度かコンフォルトを訪
れたが、彼の目には私は、1人の客でし
かなく何かが変わる訳でもなかった。
あの日まではただ、見ているだけでよか
った。
「美鈴、お姉ちゃん結婚することになっ
たの…」
「…えっ、本当に⁈お姉ちゃんおめでと
う」
田舎から姉を頼ってここまで来たのに、
なかなか就職先が決まらず姉の部屋に居
候しているのも気がひけ始めていた頃、
姉からの突然の告白に驚きながらも喜び
祝福した。
「それでね、彼に紹介したいの。彼も美
鈴に会いたがってるし、どうかな⁈」
「うん…いいよ。お兄さんになる人だも
の。あいさつしておかなくっちゃね」
「よかった…美鈴に反対されたらどうし
ようかと思ったわよ」
「どうして、反対するの⁈そりゃ、淋し
いけどお姉ちゃんの幸せが一番よ」
「ありがとう」
涙を浮かべる姉。
大学を卒業後、地元の会社に親のコネで
就職した。だけど、何か違う、私のした
いことはこんな淡々とした作業じゃない
。そう思うといてもたってもいられず姉
を頼って上京してきた。