鳴かない鳥
「花、遅かったじゃない。何してたの!?」
古いアパートの2階・203号室のドアを開けた途端、棘のある言葉が投げつけられた。
その声を聞いただけで花の体は委縮したように、動けなくなる。
「た、ただいま…」
花は不機嫌な面持ちで立っている母親・薫と目を合わせる勇気がなくて、俯くと小さな声で呟いた。
背後でパタンと鉄のドアが閉まり、外との世界から完全に遮断される。
怒られる事は覚悟していた。
家に連絡もせず、学校の帰りに寄り道をしてきたのだから…。
薫は花の帰宅時間が少しでも遅くなると、異常なくらい心配し、そして怒る。
けれど今日は、いつにも増して怖かった。
「答えなさい、花」
「あの…友達の美里ちゃんと、駅前の本屋さんに…」
答えた瞬間、
「嘘つき!!」
いきなり平手が飛んできて、花の頬が鳴った。
「お、母さん…」
叩かれた理由が分からなくて、彼女は戸惑いの目で母親を見る。
「あの男と会ってたでしょ!!」
「!!」
「私、見たのよ。花が駅前の喫茶店で楽しそうにあの男と珈琲を飲んでいるの、この目で見たんだから!!」
ヒステリックな声を上げた薫に腕を掴まれて、花は強制的に居間へと連れて行かれた。
「今までも私に黙って、陰でコソコソ会ってたのね!?」
「あの男って、そんな言い方…私のお父さんだよ?娘なのに、どうしてお父さんに会っちゃダメなの?」
「どうして…?離婚する時に約束したでしょ、あんな家庭を顧みないような男とは金輪際会ってはダメって」
「で、でも…私は…」
(お父さんの事も、お母さんの事も大好きなのに…)
胸に溢れる思いを、花は言葉に出来ず心の中に閉じ込める。
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