鳴かない鳥
スッと目の前にジュースが差し出される。
息を切らした今井が立っていた。
これを買いにわざわざ…?
僕の表情から考えている事が分かるのか、彼女はニコリと微笑んだ。
『ど・う・ぞ』
「…ありがとう」
僕は彼女の指に触れないよう気をつけながら、それを受け取る。
柔らかな笑顔に、沈みかけていた気持ちが現実へと引き戻された。
優しい心を持っている今井花。
そんな彼女の小さな願いすら叶わないなんて…切ない。
両親と一緒に1つ屋根の下で暮らす、当たり前の日常が今井には遠いものなのだ。
これを運命と一括(くく)りにするのは、惨(むご)い気がした。
僕はプルを開けると、冷たいジュースを一口飲む。
「君、9組の今井さん…だよね?」
その問いに彼女は小さく頷いた。
「普段は髪を結んでるから、ちょっと自信なかったんだ…」
間違ってなくて良かったと、僕はホッとする。
「僕は3組の狭間って言うんだけど」
すると、再び彼女は頷く。
《知ってるよ》
手下げの中から取り出したノートに、ペンで書いて僕に見せた。
彼女は僕の話に付き合ってくれるらしく、そのまま向かい側に座り込む。
「そっか。じゃあ、前に学校の近くで会った時も気づいてたんだ」
コクンと頷く。
《凄く具合悪そうだったけど、病院行かなくて大丈夫?》
「あ、うん。…時々、眩暈がして気分が悪くなるんだけど、もう全然平気だから。介抱してくれてありがとう。貸してくれた上着、今度クリーニングして返すね」
すると彼女は首を横に振った。
「いや、汚してしまったのは僕のせいだから、それくらいはさせてよ。明後日には学校に…」
持って行くからと言い掛けて、今井が不登校になっているのを思い出す。
学校という言葉を聞いて、彼女の表情が曇った。
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