鳴かない鳥

        ☆



「ごめん、遅くなって」


僕は謝った。

学園祭へと充てられた時間内に帰れるはずだったのが、急な買出しに人手不足と借り出され予定が大幅に狂ってしまったのだ。

腕時計は約束の時間を20分程オーバーしている。

息を切らしながら隣に立つ僕の姿を見て、けれど今井は首を横に振るとニコリと笑った。

どうやら怒ってないよ、と言ってくれているらしい。

立ち読みをして時間を潰していたのか、手に持っていた文庫本を棚に戻すと出口の方を指さした。


『お・茶・し・よ?』


「…あ、うん。じゃ、駅の中のカフェに行こうか」


僕が言うと、彼女はこくんと頷く。

さっきは遅刻の事で暑さを感じている余裕がなかったけれど、店の外に出ると雑踏の中に籠るムッとした熱気に気づいて顔を顰めた。

まださっき走った時の汗が完全に引かなくて、僕は額に浮かぶそれを手の甲で拭う。

と、視線を感じて隣を歩く今井を見た。


「ん、何?」


すると彼女は自分の髪を触った後、僕を指さす。

「あぁ、髪型が違うって?」

その言葉に今井はうんうんと2回頷いた。

「学園祭の出し物で、僕たちのクラス《執事とメイド喫茶》するんだよ。で、今日はその衣装合わせをさせられてね、皆に散々弄られたんだ」

本当は制服に着替えた時に髪型も戻したかったんだけど、ワックスとスプレーで固められてるから戻すに戻せずそのままになっていたのだ。

ここに来る途中、初めて店の硝子に映っている自分の姿を見た僕は、ギョッとした。

どう見ても執事というより、ホストっぽい。

こんなことなら水道の水でいいから頭から被って、洗い流せば良かったと後悔したがもう遅かった。

今井は僕の髪型をどう思ったのか、下を向いて笑っている。

明日、クラスの皆に普段の髪型とどっちがいいか聞いてみよう。

僕はタメ息をつくと、黙ってカフェを目指す事にした。


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