鳴かない鳥
「2年の学園祭のパンフ。担任の吉田先生から預かってきたんだ」
表紙の右上に鉛筆書きで「今井花」と書かれたそれは、僕が今日の昼休み、職員室で事情を話して預かってきたものだ。
「先生、何度か今井さんの家に行ったみたいなんだけど、いなかったみたいで渡せなかったって言ってたよ。本当はポストに入れて帰って来ても良かったんだけど、直接手渡ししたいってカバンに入れて持ち歩いてたんだって」
『…』
けれど戸惑っているのか、今井はなかなかそれを手に取ろうとはしない。
「中を見て欲しいって、先生言ってたよ」
僕は氷が溶けて少し薄くなったコーヒーを飲んだ。
彼女自身の手でそれを開かなければ、他の誰がやっても意味がない。
僕が出来ることはここまでと、そこから先は黙って見守る。
今井はそっと自分の方にパンフを引き寄せた。
躊躇いがち、表紙をそろりと捲(めく)る。
そこには学園祭実行委員の名前を始め、1組から順にクラスの出し物と役割分担・会場などの詳細が印刷されている。
…と、自分のクラスのページを見た瞬間、彼女の手が止まった。
9組は焼きそばの店を出すらしく、調理の係に今井花という名前が載っている。
そしてそのページの余白の部分には、クラスの皆からのメッセージが書かれていた。
《花ちゃんがいないと寂しいよ》
《一緒に思い出をたくさん作ろうね》
《元気な顔、見たいよ》
《今井が来るの待ってる》
《全員が揃わないと学園祭は楽しくないんだからな》
皆の優しい思いを、今井は指先でそっとなぞる。
たくさんの詰め込まれた思いを確かめるように。
溢れる言葉を1つ1つ形にするように。
ぱた…
ぱたぱた…
ページの上に涙が落ちた。
それはゆっくりと紙に滲んで広がっていく。
今井は両手で顔を覆うと、華奢な体を小さく震わせ泣きだした。
.