鳴かない鳥
「このメッセージは、吉田先生が書くようクラスの皆に提案したんじゃないそうだよ。パンフを全員に配り終えて、今井さんの分を職員室に持って帰ろうとしたら、誰が言うともなくメッセージを書き始めたんだって…いい仲間だな」
僕は心の変化を見て、そっと右手で彼女の頭を撫でた。
するとこんなにも店内は他の客の話し声で溢れているのに、それを遠くに感じてしまう程、なぜだか僕には彼女の嬉しい気持ちが伝わって聞こえてくる。
それはきっと今井の中の不安がゆっくりと流れだしているから、じゃないだろうか。
母親の死は辛い出来事だったけど、彼女を見守って思っているたくさんの人たちがいるという事に気がついたに違いない。
もう彼女に触れても、あの感覚は襲って来なかった。
「昨日は言えなかったんだけど。前に偶然、廊下で君の友達が話しているのを聞いてしまってね…彼女たち凄く心配してたよ。本当は今井さんに会いたいけど、今は辛いだろうから先生に様子を聞ききに行くことしか自分たちには出来ないって…君が塞ぎこんでいると、皆も辛い気持ちになるよ。待ってくれている皆に会いたくない?」
僕の言葉に、今井は小さく2回頷いた。
《会いたい…》
ノートに書かれた短い言葉。
それはとてもシンプルで強い気持ち。
「まだ学園祭まで時間はある。大丈夫だよ、ほんの少しの勇気さえあれば」
『…』
顔をあげた彼女は涙に崩れて、子供みたいだった。
でもこの方がずっと今井らしく見える。
無理をして自分の気持ちを閉じ込めた顔より、ずっとずっと生きてる感じがする。
ぐすんと鼻を啜る彼女に、僕はさっき駅前で貰ったポケットティッシュを手渡した。
彼女が学校に来るには、かなりの勇気がいるだろう。
けれど行けば、きっと何かが変わるはず。
最初の一歩が踏み出す事が難しいかもしれないけれど…。
それでも今しか作れない思い出の瞬間を大切にして欲しいと、僕は思うんだ――。
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