何度でもつかまえて
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「おはよう千里!今日も可愛いじゃねーか!」
私が教室に入った途端に半ば叫ぶように挨拶してきた永瀬に呆れた顔を向ける。私を抱きしめようとするかのような動きを察知して体を思いっきり永瀬から逸らした。
「はいはい、おはよう永瀬。朝から暑苦しい…」
これがいつもの会話。
永瀬が私を可愛いと言って始まる今日一日。
2年になって永瀬と同じクラスになった。永瀬と西川だから永瀬と私は席が前後になった。
初めてあいつが後ろを振り返って私の顔を見たとき、「よろしく」より先に「お前可愛いな」と言われたあの時の衝撃は忘れない。
なんてチャラい男。人の容姿に触れるなんてセクハラじゃん。
それが第一印象だった。
以来永瀬は可愛いを連呼しては私に触れたがるようになった。
迷惑極まりない。
平均より若干背が高いものの、これといって顔が整っているわけでもなく、自分で言うのも悲しいけれど並みの並だ。
それにこの場所は複数の男女が集まる学校なのである。堂々と可愛い発言は問題ありだろう。向けられる周りの視線が痛いのだ。
クスクスと陰で笑われているのを私が知らないわけがない。
「おはよ、今日もラブラブだね」
隣の席の橘朱里がクラスに入ってきて、私たちの隣の机にカバンを置いた。
「これがどうしたらラブラブに見えるのさ」
「校内の名物カップルですからね。一緒にいるだけで仲睦まじく見えるんだよ」
もう溜め息しか出ない。
先週の体育祭でのことだ。借り物競走に出場した永瀬は、借り物の書いた紙を見るなり私のところに走ってきて、腕を掴んでゴールまで引っ張っていった。
一位になったものの、なぜ私が一緒に走らなきゃいけなかったのか。
見ると永瀬の紙には『可愛いもの』と書かれていた。
「見た瞬間千里だー!って思った」
照れたように笑う永瀬の頭をおもいっきり叩いてやった。それを見ていた実行委員に笑われた。
只でさえ永瀬と一緒にゴールしたことで注目を浴びたのに、実行委員から『可愛いもの』の話が広まって、『永瀬は西川が好き』から噂が発展して、『二人は両思い』ということになってしまった。
今や学校内で知らない人はいない公認カップルだ。カップルじゃないと何度訂正したいと思ったことか。
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