ハイカロリーラヴァーズ
 同棲して4年くらいになるんだろうか。

 仕事の部署変えや上司が代わったことなんかがストレスとなって、源也はここ1年でとても怒りっぽくなった。キレやすい。そしてそのうち、あたしに少し手をあげるようになった。

 小突いたりすることから始まって、軽くだけど、蹴られたり。怪我をするようなものではない。「ブチギレして我を忘れて殴った」というのとは違う感じ。だからあたしも怪我をしたりはしない。でも、軽かろうが弱かろうが、手をあげられているのは事実。こういうのを世間ではなんと呼ばれているかなんて、調べなくたって知っている。

 源也も、そんな自分に嫌気が差しているんだと思う。それは分かるし、伝わる。だって一緒に居るんだから。

 暴力が先か、それともあたしに興味を無くしたのが先か。分からない。でも、源也があたしにかける声には、もう温かさが無い。

 さっき、うん、と答えた時は目を閉じていた。だから、暗闇で自分の声が聞こえていた。暗闇で聞く自分の声は、自分の物ではないように聞こえる。

 源也が怒っている時、あたしは目を閉じる時間が増える。寝ているわけじゃないけど。それを、源也は分かっていて、良く思ってはいない。当たり前だよね。人の話を、目を閉じて聞くわけだから。

「やってらんねぇ」

 源也は立ち上がり、座っているあたしの腕に足をぶつけて、玄関を出ていった。意図的に蹴ったのか、たまたま足が当たったのか。左腕がじんと痛かった。

 機嫌が悪く、あたしを叩きそうになるんだと思う。抑えられなくなるのかもしれない。だから、源也は自分からよくこうして家を出て行く。

「……」

 ため息をついて立ち上がり、洗濯物を触ってみた。

 友人の紹介で、同じ歳の源也を紹介されたのが21の時だ。つき合ってすぐ同棲。なんだかいま考えると、ずいぶんと一緒に住むことを急いだ気がする。だってあの頃は、とてもとても仲が良くて、要するにラブラブだったんだから。一緒に居たくて仕方が無かった。

 あたしは25歳になって、時々、結婚のことも考える。でも、結婚の話を源也にしたことは無い。されることも無かった。一度だって、結婚しようともするかとも、言われていない。

 あたし達の関係は、冷え切っているんだろうか。源也はあたしをもうきっと愛していないと思う。

 あたしは、源也が好きだった。いまも。


 乾いてなかった洗濯物は、もう乾いている。エアコンのドライと、扇風機。

 分かってる。会社のこと、仕事のこと、生活のこと、その小さなイライラを手近に居るあたしに向かって当てていること。きっと源也の本意じゃない。本意じゃないだろうから、あたしは黙って聞いていられるんだと思う。好きだったから。あと、目を閉じて、機嫌が悪いその顔を見ないようにしていたから。

 2LDKの無駄に広いリビングに、室内干しの物干し台を置いて、それに多くはない2人分の洗濯物。あたしは自分のよりも源也の衣服を優先して洗う。あまり汗をかかなかったなら、自分は同じ服を2日連続で着たって構わなかった。乾いてないって機嫌が悪くなるくらいなら……。

 その夜、あたしは先に寝てしまっていた。

 出て行った源也が帰ってきたのは0時を回っていただろうと思う。ダブルベッドの隣に潜り込んで来た振動で目が覚めた。煙草の匂い。きっとまた本屋で立ち読みか、ファミレスでコーヒーでも飲んできたに違いない。源也が背中を向けて眠りにつくまで、あたしはじっと動かないでいた。こんな時、ダブルベッドにしなきゃ良かったと思う。

 今夜も源也は、あたしを抱かない。

 出逢った当時とか、つき合い始めなんて、誰でも「可愛い」し「優しい」ものだよね。源也もあたしも、どこかが変わって、ずれて来てしまっている。ふたり違う方向へ。
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