ハイカロリーラヴァーズ

 あたしが着ている制服は、この予備校の事務員である判断材料になる。顔見知りの生徒も居るけど、いまいち分からない生徒だって居るもの。でも、こっちが分かってなくても、生徒が気付くからね。笑顔で挨拶をしなくちゃ。勉強がんばってるんだから。

 あたしは講師でもクラス担任でも無いけど、生徒と関わることが多い。もちろん世間話だってする。

 受付で色んな申込みや支払いなど、その名の通り事務手続きに携わるからだ。色んなことが受付を通って進んでいくから。

 挨拶して廊下を軽い足取りで進んで行ったのは女の子で、香水の匂いが鼻に残った。

 更衣室を先に出ていこうとしていたリエちゃんに挨拶して、自分も着替えを済ませ、ロッカーに施錠する。閉じる前に映った自分の顔は疲れていた。

 予備校から出ると、生暖かい風。熱帯夜とはいかないまでも、暑い夜になりそうだった。冷たいビールが飲みたい。その刺激を予想して、喉がキュウっと鳴った。

 駅まで徒歩で10分程。立地は良いと思う。ただ、繁華街と反対側にあるこのビルだけがなんだか浮いている。

 大きい駅が近いのに古い家や建物が建ち並ぶ細い道を抜けたりして、駅へ向かう。電車に乗るわけではなく、駅のトイレで化粧直しをするためだ。

 エスカレーターをのぼって、大きな鏡があって、綺麗なトイレへ向かう。駅のトイレは、この時間だと混んでいるかもしれない。蒸し暑さと、人いきれでムッとする構内。汗が頬を伝う。肩より少し長い髪は結んでいなかったし、結ぶゴムも無かったから、とても鬱陶しかった。

 トイレでリップを塗っていると、スマホが振動した。ぴくっと反応する指。見ると、着信だった。

「はい……」

「俺、もう店の前まで来たけど」

 青司だった。早いな……今日は予備校に来ていたのだろうか。授業に出ていたかどうかは分からない。来ていて、あたしより先に出たのかもしれない。

「いま駅に居たの。あと10分くらいで行けると思うんだけど」

「じゃあ、中に居るわ」

「先に食べてて良いよ」

 事務的だったかしら。冷たく聞こえたかな。気にすることじゃないかもしれないけど、なんとなくそう思った。

 バーとか居酒屋で、少しの食事と酒を飲み、そのままホテルに直行する。正直、店なんかどこでも良い。ホテルだってどこでも良い。食事と酒とセックス。終わったらお互いに家に帰る。それだけ。食欲と酒、性欲。酒は無くても良いけど、あたしの2つの欲望はそこで穴埋めされるのだ。

 青司は、決まった恋人が居るわけではない。でも、面倒なことをせずに遊びたい、そんな風に言っていた。今どきなのかもしれない。余計なことを話さないし、あたしも言わない。こっちだって面倒は避けたい。だから、それが良かったのかもしれない。お互いに。

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