金曜日は微熱
「……本当に、少し休むだけだからな?」



そう言って振り向いた課長にこくこくとうなずいて、私は家の中へと足を踏み入れる。

とたんにからだを包み込んだ比嘉課長のにおいに、きゅんと胸が切なく鳴った。


課長の住む家は、オートロックが完備された1DKの小奇麗なマンションだった。

ダイニングキッチン部分に、テレビやテーブル、ソファー等の必要最低限な家具が置いてある。

きっとドアで仕切られた向こう側が、寝室なのだろう。

課長らしいシンプルな部屋。普段彼は、この空間で生活しているのだ。




「……別に、おもしろいものなんて何もないだろ。何か飲むか?」



物珍しそうにきょろきょろしている私に苦笑して、コートを脱いだ課長がエアコンのスイッチを入れながら訊ねてくる。

その言葉には首を振って、じっとその顔を見上げた。



「……ッ、」



数秒間、見つめ合って。

先に目を逸らしたのは、課長の方だった。



「小宮、もう満足しただろ? 眠いなら、早く帰れ」

「ねむくないです」

「嘘つけ、そんなぼんやりして……危ないから、帰れ」



危ない? なにが危ないんだろう。

いつもは無表情が多い比嘉課長の、少しだけ焦ったような、余裕のない顔。もっと近くで見たくて、私は1歩踏み出す。
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