脳電波の愛され人

花と宝石

おにーちゃんはとてもきれいな黒い髪をしていた。
その髪はとても長く、後ろで束にしてあるのをほどくと、地面につくかつかないかくらいだろう。前髪はさすがに邪魔なのか、目に被さるくらいまで切っていたが。
それもおにーちゃんの憧れている人の真似だそうけど、僕はそんなことどうでもよかった。
おにーちゃんが髪を伸ばせば、僕も髪を伸ばす。ただそれだけだ。
しかし、僕は死んでしまった。おにーちゃんと同じ髪の長さになる前に。

おにーちゃんは黒い帽子を深く被っていた。
僕も真似をしようとしたけど、おにーちゃんと同じ帽子が見つからなかった。だからそれは諦めた。
結局僕は、おにーちゃんに追い付けないまま死んでしまったのだ。

……
僕は目を覚ました。
枕元がやけに濡れているが、どんな夢を見ていたのか思い出せない。
どうせたいした夢ではないのだろう。
僕はいつも通り歯を磨き、顔を洗い、庭に植えているレムという花に水をやりにいった。
レムという花はどんな花かわからない。初めてここで目が覚めたとき、レムという文字だけ書かれた袋と種が置いてあったのだ。
僕はもうすぐ咲きそうなつぼみをみて、少し嬉しくなった。つぼみの色からするに、この花は赤い花なのだろう。
他のもう花開いているレムの花は、水色だったり、黄色だったり、様々な色をしていたが、赤というのは初めてだ。

僕は水やりを終えると、家の中に入り、本棚にある本を読みあさった。物語の本もあれば、薬物や毒物の本までいろいろある。
僕はいろいろある本の中の「冒険者レムの花の発見」という本を取り出すと、しおりを挟んだページまで一気にとばした。
「……こうしてレムは無事、人間の隠された能力を引き出す宝石を咲かす『宝石の花』を手に入れたのでした。
しだいにこの花は発見者の名前にちなんで『レムン』と呼ばれ、村の人々のために使われました。しかし、このレムには、欠点がありました。
ひとつめは、この花は消耗品だということです。村にあったレムンは次第になくなり、レムンに頼っていた人々を困らせました。
ふたつめは、この花は一定の人にしか咲かせられないということです。レムンを咲せられる人はレムナーと呼ばれ、年々減り、今では一種族しかいないと思われます。
次第にこの欠点は、レムナーをかけた村同士の争いになり、この争いを悲しく思った最後の一種族のレムナーは、息子を村人たちの中に混ぜ、自分は自殺をしてしまいました。
これを知った村人は、貴重なレムナーを殺してはいけないと思い、戦争を辞めました。そして村人たちは、再びレムナーが現れるのを辛抱強く待ちました。 終わり」
僕は本を静かに閉じた。
この本を読めば、レムについて少しわかるかと思ったけど、どれも嘘臭くて、完全に信じることができなかった。

僕は本を本棚に戻すと、外に出た。そして、レムを植えたところに足を運んだ。
ここはなぜか居心地が悪い。しかし僕にはどうすることも出来ない。ここから出る方法や居心地のいい場所を見つけることなんて無理だ。
僕に出来ることは、このレムの花を咲かせること。本を読んでいろいろ知ること。レムの花が咲くまで寝たり起きたりすること。ただそれだけだ。

僕はレムの花の前でしゃがんで、咲きかけの花をつついたりして遊んだ。確かに咲きかけの花びらは固く透き通っている。しかし、これをあの物語の花だと決めてはいけないと思う。
僕は花に話しかけてみた。しかし、当然返事はなく、独り言みたいで悲しく感じた。……実際独り言なのだが。
僕は落ち込みながら、花をつついた。花はくすぐったそうに揺れた。

風がどこからか吹き込んできた。どこかで感じたことのある少し冷たい風だ。
僕は揺れて顔にかかった髪を耳にかけた。そしてふと、何か聞こえたような気がして耳をすました。
あまりにも小さすぎて空耳かと思ったが、確かに聞こえる。オルゴールのような音だ。しかし本物のオルゴールよりも少しかすれている、まるで録音をしたオルゴールの音を聞いているようだ。
どこかで聞いたことがあるような気がしたが、恐らくそれは間違いだろう。なぜなら僕は、この空間から一歩も外へ出たことがないからだ。音楽なんて、聞いているはずがない。
……それならなぜ、この音がオルゴールだとわかるのだろう。音楽を聞いたことがないのであれば、オルゴールなんて知らないはずだ。
それに僕はなぜ、こんなにも怯えているのだろう。こんな音に、怯える必要もないだろうに。
……僕は、知っている。あの目の閉じた青い髪の車椅子の子の目の色が、まるで血のような少し暗めの赤だということを。どこかであの子と会ったことがあったのだろうか。いや、ないだろう。
僕は全身で恐怖を感じたような気がした。しかし、僕が恐怖を知っているわけがない。お話の読みすぎだろうか。

僕は急いで家の中に隠れた。なぜかなんてわからない。本能的にだ。
僕の心臓はうるさいほどなり響いていたが、この音を聞かれてはいけないと思ったのか、僕は必死で息を止めていた。しかし、心音は大きくなるばかりだ。
ドンッと、ドアを叩く音がした。恐らくあの青い髪の女の子なのだろう。
僕はドアから離れて、ドアが開いたときにちょうどドアの影になるところにもたれた。
これはおにーちゃんから教えてもらったことだ。こうしたほうが相手の隙をつきやすいと。
ドンッとまたドアを叩く音がした。僕は聞こえないというふうに耳をふさいだ。正直いって、怖かった。
戦う気など全くないから、ドアの後ろにいても意味がないと気づいたけど、移動するのに必要な筋肉が動かなかった。

こんなときでも、疑問は浮かんでくるものだった。あの子はどうやってドアを叩いているのだろう。
しかしこの疑問はすぐに解決した。
ドンッと音がした後にウィーンと機械の音が聞こえる。恐らく車椅子全体でドアを叩いているのだろう。
これじゃあまるで車椅子が本体で、人が飾りみたいだ。そもそも座り方からして、上のあの子は飾り人形みたいだけど。
相変わらずドンッという音は続いていたけど、時間がたつにつれ次第に弱くなり、最終的には音が聞こえなくなった。
でも僕は、決してドアを開けなかった。外を見ようとも思わなかった。
本棚にあった本のなかに、音が止んだから外に出たら殺されてしまったというお話があるからだ。

その日はなぜかひどく疲れたので、現実逃避もかねて、ベッドに滑りこんだ。
なぜオルゴールの音を知っていたかなんて、考えられなかった。僕は考えることを今、生まれて初めて苦と思ったのだ。
その日は、夢も見ないくらいの、深い眠りについた。


「おはようございます。」
僕は一人で挨拶をした。
誰に挨拶をしたのでもなく、ただ単に挨拶を久しぶりにしてみたくなったのだ。
こんな変な僕を世間の人は嫌うのだろうけど、僕は生まれてから一度も人に出会ったことがない。……いや、昨日出会ったが。しかし、あれを人と呼んでいいのだろうか。それとも最近の人間というものはみんな、車椅子が本体みたいになっているのだろうか。
……昨日のあの子はもういなくなったのだろうか。できることなら、今の外の世界を教えてほしかった。そうしたら少しくらい、僕の心は癒されたのだろう。僕がいるこの場所この居心地の悪さは、少しは和らいだだろう。
……まぁ、出来ないことは仕方がないので、とりあえず今僕に出来ることをしよう。

僕はドアを開けるために、ドアの取っ手に手をかけた。僕の利き手である右手だ。そう、いつまででもあの子を気にしてこのドアを開けないままではいけないのだ。
僕の手は、震えていた。ガタガタと、まるで怯えているかのように。……いや、実際怯えていた。
僕はもう片方の手で右手をおさえた。そうすれば少しは緊張が和らぐかと思ったからだ。
僕は全身の力で、ドアを押した。そうでもしないと、開けれないような気がした。ドアはゆっくりと、キィキィと音をたてながら開いた。
僕は緊張のあまり閉じていた目をゆっくりと開いた。

……ドアの向こう側の景色は、とても悲惨だった。
僕が一生懸命育てたレムの花は、つぼみのものだけ残されて、花が咲いていたものは根こそぎ持ってかれていた。
まるで、わざと僕をオルゴール人形で家内にいれ、僕のいなくなった隙をみて花を取っていったかのようだった。
このことからすると、あの花は盗んでまで欲しいもので、「花」という形でないといけないものらしい。
もしかしたらただの荒しという場合もあるかと思ったが、つぼみが綺麗に取り残されているのを見る限り、またこのつぼみが咲いたら盗みに来るのだろう。

僕はつぼみの元へ歩み寄った。赤いつぼみはもうすぐ開きそうだ。
この赤いつぼみは他のものより大きさが大きく、他のものより少しだけつぼみの先が開いていた。
僕はつぼみの前でしゃがみこむと、つぼみを指でつついた。花はいつもよりも小さく揺れた。
僕は目の奥が痛くなるのを感じた。
物理的な痛さではなく、なんというか、じわじわと痛みが湧いてくるようだった。
突然、目から涙がこぼれた。
僕は泣くことが嫌いだったからずっと涙を我慢していたのだけど、一人なのだから我慢する必要がないと気づいたのだ。
僕の涙はゆっくりと、僕の頬を伝った。声は出なかったけど、結構悲しかった。
ポツリッと、僕の涙は花の上へと落ちた。当然成長するための水量には足りず無駄になったのだが、涙を何かに使えというのも無理な話だ。

僕は立ち上がり、涙をふいた。そして、水の入ったジョウロを持ってくると、ジョウロの口をつぼみの方へと傾けた。
そう、今僕に出来ることは、この残った花を咲かすこと、本棚にある残りの三冊を読み終えること、全てを忘れて夢の中へ逃げること、このいずれかしかない。
もちろん花を咲かせば、花を持っていった相手が再び現れるだろう。しかし、僕は復讐などしない。咲かせた花を「どうぞ」と差し出すだけだ。
そう、申し出てくれれば、昨日も僕は快くレムの花を渡しただろう。あらかじめ知らせておいてくれたなら、僕は泣くこともなかっただろう。
僕はジョウロの傾きを、地面と平行にした。水で反射して、いつも以上につぼみが輝いていた。少し開きかけのその口からは、キラキラした花粉に当たるものが覗いた。

僕は、ハッとした。水をあげていない花がないか確認していたら、なんと、赤いつぼみが宝石になっていたのだ。今までこんなことはなかったのに。
さっきまでつぼみだったそれは、今までのように透明だったが、あきらかに形がかくかくしていた。
その宝石は鏡のように光を反射し、覗き込んだ僕の顔を赤く映し出した。そしてまるで自ら光る物質かのように、キラリと体を光らせた。

僕は惹かれるようにして宝石に手をのばした。宝石に少し触ると、まるで木になった熟した果実のように、ポツリと地面に宝石が転げ落ちた。僕はそれを拾い上げると、光に当てるように持ち上げた。
僕の拳と同じくらいのサイズのそれは、中心だけが赤色で、周りは全て透明だった。周りも赤く見えたのは、角度のせいだろう。
僕はこの宝石を持って、家内に入ろうとした。しかし、家に向かおうと半回転したときに、突然声が響いた。
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