雪と、キミと、私と。
猫ッ毛。だからなのか、ゆるいパーマみたいにふわふわしてる。
猫みたいなのは雰囲気もな気がした。

後ろはドアで、逃げ場はない。
左右も動けるほどのスペースは存在しない。
目の前の男の両腕に挟まれてる私。
10センチは違うこの男が、今よりも顔を近づけてきたなら――。

簡単に、キスされてしまいそう。

……ああ。マフラー忘れてなければ口元だけでも防御できたのに。
そんな思い込み的なことを考えてしまったのは、この人が〝故意〟に私を拘束してるから。
ぎゅうぎゅうな乗客に押しつぶされそうなのを守るように、この人が両手をついて、私の顔を覗きこむから。

ていうか、やっぱりめっちゃ近いんだけど!!

いつの間にか嫌悪感しかなかった第一印象が、顔を見た途端に突然違う緊張に襲われる。

まさか、しばらく恋愛してないからって、自分がこんな単純な女だとは。
でも、この人の顔……やっぱり、なんか惹かれるものがあるんだもん。
――はっ。そんなことよりも!

「名前……!」

ようやく口から声が出たけど、迫られてるような状況だと、我ながら情けないほどの声になってしまう。
それでも、体を屈めたまま、鼻先が私の髪に触れるくらいに近い男には、充分そんな声でも届いてたみたい。

「あれ。わかんないの?ショックだなぁ」

「ショック」というわりに、その男はニコッと笑ったまま。
だって。知らない。そんな幼く見える笑顔と、だけど大人の男の色気を少し滲ませるような低音ボイス。
目を合わせたままで居ると、私のこと全部知ってるように思えてきて視線を不意に落とした。

喉仏が綺麗なラインに目を奪われると、頭上から声が落ちてくる。

「じゃあ宿題ね。また明日」

それだけ言うと私の前髪に軽く口づけして、まるで風のように降車してしまった。
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